元ちとせ 『カッシーニ』、改めて2018年03月01日

お風呂に入っているときに、全く理由も無く、元ちとせの『カッシーニ』のことを思い出しました。
元ちとせと『カッシーニ』については、2016年2月12日の日記にも書いていました。

今回改めて、どうして「カッシーニ」だったのかネットで調べてみました。すると、これまで知らなかったいろいろなことを知ることが出来ました。

まず、曲『カッシーニ』を作詞・作曲したのは、元ちとせさんを『ワダツミの木』のメジャーデビューからプロデュースした 上田現(うえだげん)さん。2006年10月に肺癌と診断され、アルバム『カッシーニ』が発売された2008年の10月に死去。死の直前に家族に遺した言葉が
 「僕はシリウスになって家族を見守っている」
と。

今回いろいろ調べると、上田さんは星が本当に好きな方で、自信がグループ「レピッシュ(LÄ-PPISCH)のメンバーだったころにも『宇宙ステーション』『宇宙犬ライカ』や、また代表曲であるらしい『夜想曲 〜路地裏から宇宙まで〜』などを作詞作曲しては歌っていました。曲調はハードロック風なので、私の好みではないのですが、上田さんの歌詞は気になります。

そんな上田さんが元ちとせさんに作った曲は、
 『ワダツミの木』、『ハイヌミカゼ』、『トライアングル』、『千の夜と千の昼』、
 『月齢17.4』、『月を盗む』、『羊のドリー』、『恐竜の描き方』、『祈り』、『カッシーニ』
など。元ちとせさんのアルバムの中で私が特に好きな、あるいは気になる曲ばかりでした。

そんな上田さんと元ちとせさんについては、Musicshelfサイトにインタビュー記事がありました。


このインタビューの中で元さんは上田さんの星好きについて次のように語っています。
  現ちゃんってホントに宇宙のことが好きで、常に星のことを考えていました。でも現
  ちゃんが話すと、それが遠い遠い場所の話に聞こえないんですよ。

本当に本当に星のことが好きだった方だったんですね。

そんな上田さんが書かれた歌詞なので、『カッシーニ』の歌詞だけを読んで分析しても、その本意は分らないのかもしれません。

ただ、今回分ったのは、この『カッシーニ』とは天文学者ではなく、土星探査機のことだった、ということ。土星の周りをグルグルと回って、その愛おしい土星や、周りを巡る衛星たちを撮影し続け、そして昨年暮れに愛しの土星本体の懐の中に入っていった、探査機”カッシーニ”。
この探査機のことを思いながら、改めて『カッシーニ』の歌詞を読むと、いろんな思いがこみ上げてきます。

冨田勲さん、死去2016年05月08日

日本のシンセイサイザー奏者の第一人者でもある冨田勲さんが5月5日に慢性心不全で亡くなっていたことが報じられました。84歳。

私が冨田さんを知ったのは、高校時代、音楽に詳しい同級生から。
最初に聴いたLPは『惑星』だったかな? 耳に新しい電子音楽とに触れ、また『惑星』というクラシック組曲のあることを知ったのでした。

冨田さんとシンセサイザーに強い興味を持ち、また『音像』という概念についても知りました。
アルバム『惑星』は、4つのスピーカーを右前・左前・右後ろ・左後ろに配置して、音像が周囲をグルグル移動するような演出をしていました。当時は4ch版のLPも販売されていたと思いますが、当然ながら普通のレコードプレイヤーでは再生できませんでした (T-T)

 アルバム『宇宙幻想』 4ch版ジャケット

ちょうどこの頃、4chの立体サウンドを2chで疑似再生できる方法が考案されました。
1つ目は、2つのスピーカーと頭の位置が正三角形になる位置で聴いたときに音が後方からも聴こえる『バイホニック・サウンド』。
2つ目は、ヘッドホンで聴いたときに、音が前後左右から聴こえる『バイノーラル・サウンド』。
(今の音楽業界では『バイノーラル』しか知られていないようです。)

冨田さんの、どのアルバムだったかな? バイホニック録音されたものがあって、ラジカセにわざわざ外部スピーカーを繋ぎ、それを2mほどの距離に離して、それと正三角形になる位置で聴いて、立体サウンドを楽しんだりしました。

また冨田さんは、頭上に1つスピーカーを追加した『ピラミッド・サウンド』を考案し、これを使ってアルバム『バミューダ・トライアングル』(1978年)発表しました。これはラジオでも話題になり、夜の番組(文化放送だったかな?)で特集が組まれて、UFOが上空を旋回する音の4ch分を、月~木に1chずつ放送して、それを録音したテープを4台のテープレコーダーから再生すると音像の移動する様子が分かる、ということもやってました。
私はちょうど学寮に居たこともあって、あちこちからテープレコーダーを借りてきて、4chサウンドを体験したものでした。

1984年に発表したアルバム『ドーン・コーラス』は、これまた画期的な作品でした。使った音が、星に由来するものだったのです。


冨田さんは野辺山天文台を訪れ、オリオン座大星雲が発する電波信号を録音したテープを、天文学者は考えもしないでしょう、テープ再生機にかけたのでした。そこに聴こえたのは、水素分子が出すホワイトノイズ。ふつうの人だったらこれから何の連想もしないでしょうが、冨田さんはこれから吹き出す水蒸気を連想し、蒸気機関車の蒸気の音に使いました。

また、いろんな変光星の光度曲線をかたどった波形の音を作って、弦楽器のような音も作りました。パルサーなどは、テケテケテケといった音にしました。

こうしていろんな音源を作って演奏した作品を冨田さんは『ザ・プラズマ・シンフォニー・オーケストラ』という楽団に見立てました。初めてアルバムを聴いたときは、いろんな恒星が一生懸命演奏している様子を想像して、思わず、ひとり微笑んだものです。

私の星趣味に、音楽という新しいジャンルを与えてくれた冨田勲さんに改めて感謝するとともに、ご冥福をお祈りします。

元ちとせ『カッシーニ』2016年02月12日

歌手 元ちとせさんの曲は好きだったのですが、この4枚目アルバム『カッシーニ』はタイトル買いしてしまいました(^-^)

曲を聞いたときは、なぜタイトルを『カッシーニ』にしたのか、よく分かりませんでした。歌詞も不思議。

  土星に環っかがある理由を
  考えてみた
  ガリレオはきっと笑うかな
  好きで大好きでもうどうしようもなくて
  気が付いたらあなたの周りをぐるぐる回ってる

ガリレオは土星に謎の光があることを発見しましたが、それが何かは分かりませんでした。(ちょうどタイミング悪く、ガリレオが環を発見したのは、環の消失時期だったこともあります。)

 I.ガリレオ(1610) II.シャイナー(1614) III.リッチオーリ(1641、43)
 IV・V・VI・VII.ヘーベル
 VIII、IX.リッチオール(1648~50)
 X.ディビーニ(1636) XI.ガッサンディ(1638~39) XII.フォンタナ(1644~45)

土星のこの不思議な光がリングであることを発見したのがカッシーニ(1675)でした。さらにリングの空隙も発見しました。この空隙にはカッシーニの名が付けられています。

さて、このカッシーニの名を使って、曲『カッシーニ』では何を言いたいのか。

CDで聴いたときは、曲順が、
 1.カッシーニ
 2.恵みの雨
だったのでイメージがわかなかったのですが、7枚目アルバム『語り継ぐこと』にあるミュージックビデオDVDでは恵みの雨が先にあり、また映像があるので、イメージがわきました。


つまりは、知らないうちに好きな人の周りをグルグル回っている、ということなのですが、分からないのは、なぜ衛星ではなく環にしたのか。

しかもミュージックビデオでは、ちとせさんは土星が環と共に斜めに見える場所にいるようです。ではどんな衛星に居るのでしょう。

天文シミュレーションソフトで、惑星の衛星を多くを表示できるソフトは多くはありません。
国立天文台4D2Uプロジェクトの作った mitaka では、ver.1.3.0で木星の衛星を67個、土星の衛星を61個、海王星の衛星を14個 表示できるようになりました。
ProjectPlutoの作ったThe Guide でもほとんどの衛星を表示できます。

まず mitaka で土星の衛星を表示。「主な衛星」だと土星近くの大きな衛星の軌道が表示できます。


土星に近い衛星はほとんどが土星の赤道面を公転しています。上図でやや傾いた 画面からはみ出る軌道をしているのはイアペトゥス。
しかし土星本体から距離のある衛星は、いろいろ傾いた軌道をしています。


軌道が一番傾いているのは、「イヌイット群」の(XXIV)キビウクや(XXII)イジラクあたりかな? 軌道傾斜角度が50°ほど。
そこで The Guide で観測地をキビウクにすると、ここまで傾いた土星を見ることができるようです。


とまぁ、天文シミュレーションソフトを使って遊んでみました。

久々に、星空撮影のために遠征2015年09月16日

ここ数日は晴天に恵まれ、そして16日が仕事が休みということで、空の暗い場所へ遠征して星空撮影を試みました。

まずは日没直後の月齢2.1の、つまり正しい『三日月』の撮影。
西空の見晴らしの良い場所へ出かけました。今回は暗い月の撮影なので、いよいよR200反射望遠鏡の出番です。下は、日没後に撮影した景色。

初めての場所で方位も分からないので、望遠鏡の三脚設置にはスマホの方位磁針を利用。

望遠鏡を組み立て、2倍テレプラスを付けてカメラを取り付け。

まだ月が見えないので、まず太陽を望遠鏡に入れました(もちろん、D4フィルター使用)。
次にスマホのプラネタリウムアプリ Vortex で、太陽の赤緯を調べます。+3°。そして望遠鏡の赤緯リングを+3°に合せます。
次に月の赤緯を調べます。こちらは-5°。そこで赤緯目盛を使って望遠鏡を-5°に向けます。こうして月を見つけやすい様にして、あとは望遠鏡を太陽の東に振りながら、細い月を探しました。

太陽が山際に隠れたのが17:35。望遠鏡を振っていたら、17:50に三日月を発見! 撮影を試みるも、背景の空が明るいので、月が目立ちません。下は ISO-800、1/250sec。

シャッター速度変えて試写を繰り返して、18:20に ISO-800、1/15secで撮影したのが下。

時間が経つと月の高度が低くなり、月も暗くなって、シャッター速度も長くなってしまいました。18:20で月の高度は2.8°。これではやはり、赤道儀が必要ですね。

この日の夜はさらに遠征したので、それは別の日記に。

TOMITAの『ドーン・コーラス』 その22014年12月25日

冨田さんは、星の音として、変光星にも注目しました。

私たちが耳にする”音”とは”空気の振動”で、波形を持っています。
いろいろな音の波形は、オシログラフで見ることができます。

初期のシンセサイザーを扱う富田さんにとって、音のイメージはこのようなものだったようです。
そして、変光星の光度曲線を見たときに、「この波形は”音”にできる」と考えたのでした。ちょうどその頃、波形を自由に作成して音を生成できる装置があったことからこれを利用して、変光星の発する”音”を作成しました。
こうして得たいろいろな音を奏でる星たちを冨田さんは「ザ・プラズマ・シンフォニー・オーケストラ」と名づけました。メンバーは次のとおり。

  コンサートマスター  しし座AD
  第1ストリング     しし座AD
  第2ストリング     オリオン座V371
  第3ストリング     とかげ座EV
  オーボエ        くじら座UV
  ハープシコード    はくちょう座SS、うみへび座V
  オルガン        おうし座RV、カシオペヤ座MM
  ソプラノ・ハミング   おとめ座W & ケフェウス座δ
  ドーン・コーラス    地球磁気圏
  ボウ・ショック      太陽
  蒸気機関車       オリオン座原始星
  1秒11回のパルス  ほ座X星パルサー

アルバムに収録された曲を、それぞれの星が演奏している様子をイメージすると、とても楽しいです。
一番のお気に入りは、かわいく音を連発する ほ座X星パルサーかな♪

TOMITAの『ドーン・コーラス』 その12014年12月24日

作曲家 冨田勲氏(通称 TOMITA)は、日本人で初めてシンセサイザーを購入し、クラシック曲を演奏してアルバムとして発表した方です。


TOMITAのシンセザーザーでの主なアルバムは以下の通り。
  1.『月の光』(1974)
  2.『展覧会の絵』(1975)
  3.『火の鳥』(1976)
  4.『惑星』(1978)
  5.『宇宙幻想』(1978)
  6.『バミューダ・トライアングル』(1978)
  7.『ダフニスとクロエ』(1979)
  8.『大峡谷』(1983)
  9.『ドーン・コーラス』(1984)
これ以後は、これまでの曲を組み合わせた様々なアルバムが出されましたが、それらはCD化されていないようです。

それぞれのアルバムについて”語り”たいところですが(^-^; 今回は『ドーン・コーラス』について。


アルバム名にもなっている「ドーン・コーラス Dawn Chorus、暁の合唱」とは、日の出前とその後しばらくの間に、鳥のさえずりのように、あるいは口笛のように聞える電磁波のことです。
第一次世界大戦中、通信兵が敵国の謎の通信と思ったという、いわくつきの音です。
これは、太陽から放出された電子が地球のヴァン・アレン帯を通過する際に発する無線機で聞える電波と考えられています。太陽が地平線に近い位置にある時は、高いところにある場合と比較してヴァン・アレン帯を通過する距離が長くなるために電波の発生量が多くなって、無線機で聴きやすくなるものです(Wikipediaによる)。

実際にどんな音なのかは、昔、冨田さんが『ドーン・コーラス』を発表した後のNHKの特番で流れていたのですが、情報の宝庫といわれる現在のインターネットの時代でも、この音を探し出すのは困難です。世界各地の合唱グループが、この名を使っていたりして(^^ゞ
人工衛星が捕えたドーン・コーラス風の音を以下のサイトで聞くことができます。
http://www.space.com/17708-weird-sounds-picked-up-by-space-probes-in-earth-s-magnetosphere-video.html



冨田さんは、この音をそのままアルバム『ドーン・コーラス』の第1曲目「ドーン・コーラス」(ブラジル風バッハの”プレリュード”)の冒頭で使っています。聴くと、まさに夜明けの鳥のさえずりのような音です。


冨田さんはまた、野辺山天文台を訪れて、星からの電波を録音したテープを”聴いて”みました。特に印象的だったのが、オリオン座大星雲から採取した水素の音でした。(ホワイトノイズでしたが ^^;)
冨田さんは、この音から水蒸気が連想できるとして、蒸気機関車の曲で使うことにしました。蒸気機関車の曲はすでに『宇宙幻想』の「パシフィック231」(ネオゲル)を演奏しており、今回はブラジル風バッハの”トッカータ”と使った「ホイッスル・トレイン」として演奏しました。

電波を録音したテープを”聴く”という発想は、当時お付き合いした天文学者さんを驚かせたことが、NHKの特番で見ることが出来ました。あの番組、NHKのオンデマンドで見ることができるとイイのですが・・・

ホルストの組曲『惑星』2014年12月22日

私が高校時代、冨田勲(トミタ)のシンセイサイザーによる『惑星』と出会い、それ以後、電子音楽やクラシックに興味を抱くようになりました。それだけに、トミタの『惑星』は、何度も何度も聞いたものです。
トミタのアルバムLPは一通り持っていたのですが、CD全盛の時代になり、レコードプレイヤーも持たなくなったので、LPは処分してしまいました。それが昨今、LPの人気が再燃して、プレイヤーも出てきたので、LPを処分したのが、ホント、悔やまれます。

こんにち、トミタのアルバムがLPになっていることは知っていますが、再び買い揃えるだけの余裕は無いのですが、最近トミタの曲を聴きたくなって、ポツリポツリと買い直しています。

今回、『惑星』のCDを購入しました。それも『ULTIMATE EDITION(完全版)』という品です。
トミタのCDは、とても凝った作りになっています。


LP版の発表当時から、4chサウンドを駆使して”音像移動”を取り入れていました。
LP版でも、2chでありながら音が後ろからも聞える”バイノーラル・サウンド”や、”バイフォニック・サウンド”、さらには特殊な”スペースサイザー360”というサウンドシステムを使ったりしていました。
当時は、2つのスピーカーと正三角形になる位置で聴いたときに立体に聞えるものを”バイフォニック・サウンド”、ヘッドフォンで聴いたときに立体に聞えるものを”バイノーラル・サウンド”と呼んでいましたが、現在は”バイフォニック”は”ステレオフォニック”と呼ばれているようです。

さて、『惑星』のCDですが、音楽CDとしては珍しい二層CDが使われています。そこに”CD Audio"と"SACD 4.0ch Sorround"が記録されていて、再生装置により、2chや4chで聴けるようになっています。

ホルストの組曲『惑星』は、1914~1916年に作曲されたものですが、天文学的な惑星についてではなく、占星術的な惑星についてイメージされた曲です。それだけに、それぞれの惑星について、曲を聴きながらさまざまにイメージすることのできる、おもしろい曲でもあります。

トミタはこの組曲をシンセサイザーで演奏するにあたり、「火星」の前には打ち上げを待つロケットの乗組員と管制官の交信や、ロケットの打ち上げ音が置かれ、また「木星」と「土星」の間には、映画『2001年宇宙の旅』のワームホール移動を連想させる音が挿入されていました。

それがこの『ULTIMATE EDITION』では、乗組員と管制官の交信シーンでは、一緒に「木星」をハモる部分が割愛され、また「木星」と「土星」の間には、オリジナル曲「イトカワとはやぶさ」が挿入されました。コレはコレで、楽しめる内容になっていると思います。

コレはコレで楽しめるのですが、昔聴いた『惑星』を聴き直すために、初期CDも欲しいな、と思う次第です。

プラトンの「エルの神話」2014年11月12日

「宇宙と音楽~エルの神話」で紹介したプラトンの『国家』が載っている本を市立図書館で見つけたので、ようやく内容を知ることができました。『世界古代文学大系15 プラトンⅡ」(筑摩書房)です。

プラトンの『国家』は大作で、この本のp5~p291まで及びます。その中で「エルの神話」は、最後の9ページだけでした。良かったぁ。

本には、エルが訪れた天界や宇宙について図があって理解を助けてくれます。

「かれが語ったのは次のようなことであった。---かれの魂は、身体を離れたのち、
 他の多くの魂とともに道を進んで行って、やがてある霊妙不可思議な場所に到達した。
 そこには大地に二つの穴が相並んで口をあけ、
 上のほうにもこれと向かい合って、天に別の二つの穴があいていた。」

「さて、牧場に集まった魂たちのそれぞれの群れが七日間を過すと、八日目にかれらは
 そこから立ち上がって、旅に出なければならなかった。旅立って四日目に、かれらは
 あるひとつの地点に到着したが、そこからは、上方から天と地の全体を貫いて延びている、
 柱のようにまっすぐな光が見えた。
  ・・・
 その端からは、アナンケ(必然)の女神の紡錘が延びているのが見られ、それによって
 すべての天球が回転するようになっていた。その紡錘と鉤(かぎ)とは金剛で
 できていたが、はずみ車は鋼鉄とその他の材料とが交じり合ってできていた。」

「これらのはずみ車のうち、第一のいちばん外側の車の円形の縁が最も幅ひろく、
 外側から第六番目の車の縁が第二番目に幅ひろく・・・
  ・・・
 紡錘はアナンケの女神の膝のなかで回転している。その一つ一つの円の上には、
 セイレンがひとりずつ乗っていて、円といっしょにめぐり選ばれながら、一つの声、
 一つの高さの音を発していた。全部で八つのこれらの声は、互いに協和し合って、
 単一の音階を構成している。」

やはりこういう説明は、図解が必要ですね。


ところで、「エルの神話」で興味深いのは、魂が再び地上に生まれなおす際に、どんな生き方をするのかが、クジで決められた順に、生涯の見本を使って、『本人が選んで』生まれる、ということです。
「さて、魂たちは、そこに到達すると、ただちにラケシスのところに行くように命じられた。
 そこには神の意を伝える役の神官がひとりいて、まずかれらをきちんと整列させ、
 ついで、ラケシスの膝からたくさんのクジと、いろいろな生涯の見本を受けとったうえで、
 高い壇にのぼって次のように言った。
 『これは女神アナンケの姫御子、乙女神ラケシスのお言葉であるぞ。
  命はかなき魂たちよ、ここに、死すべき族(やから)がたどる、
  死に終わるべき、いまひとたびの周期がはじまる。
  運命を導く神霊(ダイモーン)が、汝らをクジで引きあてるのではない。
  汝ら自身が、みずからの神霊を選ぶべきである。』 ・・・」

この、自ら自身が人生を選んで生まれなおす、という考えは、古代世界では特別な考えと受け取られて、その意味で「エルの神話」は重要視されたようです。
ただ、人生の選び方がおもしろい。
以前の生涯がこうだったから、次はこんな生涯を選ぶんですが、結構安易な選び方です(^ ^;

「かれ(エル)は見た、かつてオルペウスのものであった魂が、白鳥の生涯を選ぶのを。
 オルペウスの魂は、女たちに子とされたために女性族を憎み、その憎しみのあまり、
 女の腹にはらまれて生まれる気になれなかったのである。」
「オデュッセウスの魂は、・・・ 前世における苦労が身にしみて、もはや名を求める
 野心も涸れはてていたので、長いあいだそこらを歩きまわっては、
 厄介ごとのない一私人の生涯を探し求めた。」

まぁ、分かりやすい選択ですが、どんな人生にも、苦あれば楽あり、なんでしょうけどね。

プラトンの『国家』に倣って、ローマの政治家で哲学者のキケロ(BC106-BC43)も『国家論』を著述しました。その中には、やはり『国家』をまねたのでしょうか、人の生まれ変わりと宇宙論について書いた『スキピオの夢』というのが書かれているそうです。
キケロの『国家論』がラテン語で書かれたこともあって多くの人に読まれ、その結果『スキピオの夢』はラテン語で書かれた散文の最高傑作とされたといいます。
『スキピオの夢』にも、音楽的宇宙観が記述されています。もっともその内容は、『天球の音楽』(ジェイミー・ジェイムズ著、白楊社)によれば、ピュタゴラスの数秘術によるものではなく、あくまで人間的な扱いをされているとか。

宇宙と音楽~エルの神話2014年10月30日

古代世界において「音楽」とはどんなものであったかを述べるのに、私は結局のところ、何かの本を参照して、かいつまんで記すことしかできないので、その参照する本に書かれた文を記すのが、より適切でしょう。(もっともこれは、著作権法に触れるわけですが)

『天球の音楽』(ジェイミー・ジェイムズ、白楊社)の第1章のはじめに、次のように書かれています。

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 そこではあらゆるものが意味を成している、そんな世界を思い浮かべてもらいたい。麗らかな秩序に支配された台地が広がり、頭上では雄大な調和をたたえて大空が巡っている。目に映るもの、聞こえてくる音、さまざまな知識、すべてがある絶対的な真理の現れなのである。
・・・
 音楽の法則が宇宙全体を支配しているという発想と、「存在の大いなる連鎖」という思想は、私たちの文化の源である古代ギリシャ・ローマに端を発し、キリスト教の伝統に受け継がれて、ルネッサンス、そして十八世紀の理性の時代に至っても、依然として中心的な存在であった。
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このように、調和の世界を表している「天体の音楽」について詳しく書かれたものに、プラトンの著作『国家』の最後に書かれた、いわゆる「エルの神話」があり、ヨーロッパでロマン主義が台頭する以前には、世界と音楽の関係について、とても重要視された神話だったということです。
また「エルの神話」が、今で言う「臨死体験」でもあるので、死後の世界や、人が生まれる理由について考える、貴重な文献としても扱われています。

勇敢な戦士であるエルは、戦争で命を落としました。ところが10日の後、他の戦死者とともに収容されたとき、彼の屍体だけが腐敗していなかったため、埋葬されずに家まで運ばれ、二日後に火葬されようとしたその時に、薪の上で彼は生き返ったのでした。そして彼は、あの世で見てきたことを語ります。
その内容を、『天球の音楽』から転載します。

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 エルは兵士として戦場にたおれたが、彼岸の世界でどのような出来事が待ち構えているかを人々に教えるため、現世に戻ることを神々に許された。初めにエルはこう語る。大勢の戦死した兵士たちの魂とともに旅をして行き、牧草地と呼ばれている不思議な場所に着いた。そこには地に通じる穴が二つ、天に通じている穴が二つ開いていた。その真ん中に座っていたのが裁きの神である。いろいろな魂がひっきりなしにそこを行ったり来たりしていて、新手が到着すると裁きが下され、正しく生きてきた人物は天へ、そうでない人々は地に送られていった。こうした生前の行いに対する賞罰の帰還は千年間であった。そうした一方で、二つの穴の片方からはそれぞれ千年間の務めを終えた魂たちが天から、あるいは地の世界から次々と戻ってきた。再び地上に生まれ変わるためである。

 こうした魂は牧草地で七日間の休養を与えられ、八日目になるとそれぞれの方向に送り出されていく。五日間の旅の後、魂が辿り着いたのは「一筋の光があたかも柱のように天から地に向かって真っ直ぐ伸びている所で、その光は虹によく似ているが、それよりもさらに明るく清らかなものだった」。この光の柱が「必然の女神の紡錘(つむ)」である。

 「必然の女神の紡錐」の軸棒は金剛石だが、はずみ車の方は「金剛石でできているところもあれば、他の材料でできているところもある」という。このはずみ車は入れ子状にお椀がいくつも重なったような形で、上から見ると同心円状になっている。「つまり、全部で八つのはずみ車が順番に重なっていて、上から見るとその縁が輪が幾重にも重なって見えるが、軸棒を中心としてまるで一個のはずみ車のように表面がならしてある。軸棒は八番目の車の真ん中を垂直に貫いている」のである。そのはずみ車の八つの輪には、外側から軸棒に向かって、恒星の軌道がふり当てられている。すなわち、「月」。次に「太陽」、これが最も明るい。そして「アフロディティ(金星)」。「ヘルメス(水星)」。「アレス(火星)」。この星は「いくぶん赤みを帯びている」という。そして「ゼウス(木星)」、この星が最も白い。次が「クロノス(土星)」である。クロノスの星はヘルメスの星と同じように、他の星と比べると若干黄色味がかっている。

 八つの輪にはそれぞれセイレーンが立っていて、天球のはずみ車の回転するのに合わせて一人ひとり違った調子で歌ったが、「全部で八つのセイレーンの歌声は単一音階の協和音を構成した」。そこには他に三人の女神も座っていた。必然の女神の娘であるこの女神たちは宇宙を旅する魂を迎え入れ、こうした魂が新しい生を選択する姿を黙って見ていた。
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私はまだ原典の『国家』に書かれた「エルの神話」を確認していませんが、この概要を読むだけでも、かなりの長文で、十分な理解がたいへんな内容であろうことは想像がつきます。
「エルの神話」で語る、宇宙と魂と音楽の関係については、イタリアの芸術家 Claudio Casini の STORIA Della MUSICA のサイトに、ほど良く解説されています。下はその日本語訳のサイト。
 http://www2m.biglobe.ne.jp/~m-souda/mysouda/music/casini/antica/capitolo1.html

宇宙と音楽~楽譜の歴史2014年10月28日

前回、古代ギリシャの音階を「五線譜」という「楽譜」に記した画像を使いましたが、今回はその「楽譜」について、つまり音楽学でいう「記譜法」について。

古代ギリシャで、歌の歌詞に音名を記すことが行われていたようです。古代ギリシャの三大悲劇詩人のひとり、エウリピデス(B.C.480頃-B.C.406頃)の作になる劇の台本にある歌詞の上に音名が書かれ、またリズムを示すダッシュや点がいろいろな形で加えられているそうです。しかしこの記譜法は普及せず、数世代後には失われてしまったようです。

古代において、音楽はすべて口伝で伝えられてきました。そしてほとんどの曲は即興で演奏されて、二度と繰り返されることはなかったといいます。また、記譜法が発明されていなかった時代では、口伝の他の伝達方法がありませんでした。

ローマ帝国の時代、つまりユダヤ教の時代から、音楽と礼拝は結びついていたようです。そしてイエスがその弟子たちと布教を行っていた時代にも、歌により神をあがめることが信徒の大切な行いと考えられていました。しかし、こうした初期教会の音楽がどのようなものだったかを知ることのできる資料は残されていません。

キリスト教が誕生して数百年もの間に、数百にのぼる聖歌が作られました。それらの歌は、歌詞はミサ典礼文、詩篇、賛歌、および旧・新約聖書の言葉などが使われました。そういった歌詞は書き残すことができますが、旋律については、修道士たちがすべて記憶するしかありませんでした。

7世紀、教皇グレゴリウス一世(540頃-604)は、ヨーロッパのすべてのキリスト教徒が同じ聖歌集に基づいた典礼を行えるよう、聖歌の編纂と統一を命じました。
当時、聖歌には、188の昇階唱(グラドウアレ)、70の入祭唱(イントロイトウス)、100のアレルヤ唱、18の詠唱(トラトウス)、107の奉納唱(オツフエルトリウム)、150の聖体拝領唱(コンムニオ)、600の応唱(レスポンソリウム)、さらに数千の交唱(アンテイフォナレ)があったといいます。これらすべてを、修道士の間で、歌って、覚え、なぞって歌わせ、一音一音性格に教えていくしかなかったわけですから、途方もない大事業であったことが思われます。

8世紀終り頃にヨーロッパ全域で教会改革が進み、聖歌についても大々的な見直しが始まりました。フランク王国(西ヨーロッパの、イベリア半島とイタリア半島南部を除くほぼ全域)のカール大帝(在位768-814)が、グレゴリオ聖歌の正式な編纂を命じました。
このときにメロディを書き留める方法が考案されました。それは、歌詞(詩篇や賛歌など)のテキストの単語の上に波線や直線を書き込んで、歌い手に音高(ピッチ)を上げ下げするタイミングを示したり、さらに音を伸ばすか、切るかについても大ざっぱな指示を与えるものでした。この記号は「ネウマ」と呼ばれ、それが書かれた譜面を「ネウマ譜」といいます。
  10世紀のネウマ譜

ネウマ譜は、歌い手が自分の歌う曲の輪郭はつかめても、歌いだしの音の高さが分からないという欠点がありました。この欠点に解決法を考案したのは、中世イタリアの音楽教師、グイード・ダレッツォ(991または992-1050)でした。
グイードは歌詞の上部に、細く赤い線をまっすぐに引き、この線上に置かれたネウマの音の高さを「F」(「へ」または「ファ」)と決めたのでした。
グイードは、混乱を避けるために、赤い線の引き始めには、すべて小文字で「f」と書き入れました。これが最初の音部記号で、現在使われている「へ音記号(バス記号)」はこの記号が元になっています。
中世、ルネサンスからバロックにかけての音部記号の変化

グイードが「F」を基準に選んだ理由は不明ですが、2つの理由が考えられるそうです。
一つは、これが男性の平均的な声域のほぼ真ん中にあたり、そのため他の音に比べて使われる頻度が高かったこと。
もう一つは、1オクターブの中で「E」から「F」(「ミ」から「ファ」)だけ半音の差であり、基準に「F」を選ぶことで歌い手に半音の存在を見逃さないようにしたのだろう、ということです。

グイードは後に、2本目の黄色い線を引いて、それを「C」(「ド」)の高さにしました。これも、「B」から「C」(「シ」から「ド」あるいは「ロ」から「ハ」)が半音上がるからでしょう。そして「C」を表す記号は、現在の「ハ音記号(ソプラノ記号)」になっています。

こうして、ネウマが赤い線の少し上にあれば「G」を、少し下にあれば「E」を表し、そして「F」から数えて5音に当たる「C」の位置に黄色い線を引くことになりました。この方法は「五線」と呼ばれました。もっともこの時点では5本の線が引かれたわけではありません。

グイードが発明したこの記譜法は、11世紀には4本の線になり、そこにネウマを記した楽譜がかかれるようになりました。


グイードが考案したのは「赤い線」だけではありませんでした。
グイードは、メロディを歌って覚える方法、「階名唱法(ソルミゼーション)」も考案しました。当時、音階は「A」~「F」の記号で表されているだけで、それを歌うことはできませんでした。そこでグイードはそれぞれの音階の呼び名を付けたのでした。
グイードは「聖ヨハネ賛歌」の各フレーズが最も基本的な6つの音から始まっていることから、フレーズの最初の音節を音階の名にしたのでした。歌詞は次のとおり。

 Ut queant laxis
 Resonare fibris
 Mira gestorum
 Famuli thorum
 Solve polluti
 Labii reatum、Sancte Johannes.

このようにして、「ウト・レ・ミ・ファ・ソ・ラ音階」が誕生しました。最初の「ウト」は、19世紀頃に「ド」に変わったのですが、その事情は不明です。フランスでは現在も「ウト」としています。

グイードはさらに、楽譜以外の方法でも音階を表せる方法として、手のひらを使った「グイードの手」というものも考案しました。

手や指の動きを使って音階を示す方法は当時の標準的な指導法となり、その後数百年にわたって音楽を専攻する学生たちに教えられてきました。

鍵盤楽器が発明されると「グイードの手」はあまり使われなくなっていきましたが、その理念は形を変えて他の音楽家に引き継がれ、20世紀初頭にハンガリーの作曲家ゾルタン・コダーイが改良を加えたものが、スティーブン・スピルバーグ監督の映画『未知との遭遇』で、友好的な宇宙人と交信する方法として使われました。

長々と、楽譜の歴史をつづってきました。まだ五線譜までたどり着いていませんが、とりあえず楽譜と宇宙の関係については、ここまで。

参考文献
  「音楽史を変えた五つの発明」(ハワード・グッドール、白水社)