月の地名 100選2018年05月29日

ネットをさまよっていたら、『月の地名 100選』なるものがあることを知りました。

望遠鏡で月面を見るとさまざまな見所があることに気づくのですが、あまりにたくさんあって、見所を紹介してくれるものがあると助かるというものです。

このサイトによると、Sky & Telescope 誌の2014年11月号に、Charles A. Wood氏が選定したものを乗せたものだそうです。星雲星団を楽しむのに役立つメシエカタログのように、特徴ある地形をリスト形式でまとめたものです。
 リンクの「月世界への招待」サイトでは、それぞれの地形の写真も掲載していて便利です。

下のリストは、the-moon - Lunar 100 から。


月のお手軽撮影(続)2018年04月29日

昨夜は月を400mm望遠レンズを使って撮影してみた。
400mmだけだと小さかったので、2倍テレプラスで800mmにして、さらに写野の狭いDXフォーマットでまずまずの大きさだった。
では、最初から800mmで撮ってみては、ということで、800mmフィールドスコープで撮影してみました。

ところが、カメラ用400mm望遠レンズはF=5.6とやや明るいので、明るい恒星を使ってピントを合せることができたのですが、フォールドスコープはF=13.3 と暗いため、恒星が見えません。
モニターに映った月は明るく、しかも内部絞りが無いので、調整できません。そこで、対物レンズ前に手を置いてレンズに入る光量を調整しながらピント調整。なかなかむずかしい・・・

で、とりあえず撮ってみたのがこんな画像。


フィールドスコープは、焦点距離は800mmもあるのですが、F=13.3 と暗いため、シャッター速度をあまり速くできません。そのためシャッターブレが残ってしまいます。

やっぱ、フィールドスコープは日中用でしかないのかなぁ~

満月のお手軽撮影2018年04月28日

Facebookに友人が月のお手軽撮影したイイ画像をよくアップしてくれています。
どうお手軽かというと、ニコンの「おもしろレンズ工房」で作られた、
 20mm対角魚眼レンズ 「ぎょぎょっと20」
 120mmマクロレンズ  「ぐぐっとマクロ」
 400mm望遠レンズ  「どどっと400」
というセットでの、400mmレンズを使っての撮影。

  「ぎょぎょっと20」「ぐぐっとマクロ」「どどっと400」

この格安望遠レンズを付けたカメラを三脚に乗せただけで撮影した月。なのに、とてもキレイ。

こんなに簡単に、これほどの月を撮影できるのか!と、私も撮ってみました。ちょうど手元にTAMRONの400mmレンズがありましたので。

  Nikon Df + 400mmレンズ、FX format

  Nikon Df + 400mmレンズ + 2倍テレプラス、FX format

  Nikon Df + 400mmレンズ + 2倍テレプラス、DX format

撮って出しの1枚モノですが、テレプラスを付けて800mm望遠にして、DXフォーマットで撮影すると、まずまずのお月様。でも、満月近かったので、クレーターなど地形がどの程度ハッキリ写っているのかは不明。

で、改めて友人の撮った月画像のデータを見ると、何と、100枚以上の画像をスタックして輪郭強調処理などしていました。
1枚モノだと気流などでのブレが残ってしまうので、多くの枚数を重ねることで、輪郭をシャープにできるんですね。お手軽撮影とは言いつつも、その撮影はとても手の込んだものだったことを、改めて知りました。

  400mmレンズ + 2倍テレプラス、DX format の画像を、
  ステライメージで輪郭強調して、縦横 1/2 にトリミング

二十六夜待ち2018年03月16日

星の手帖の『二十六夜現象』関連でネットを調べると、岩手県以外にも二十六夜尊を祀る地域がありました。

「江戸散策」 第42回 月見いろいろ、十五夜、十三夜、二十六夜待ち


このページでは、陰暦八月の十五夜、九月の十三夜、そして陰暦七月の二十六夜待ちが紹介されています。二十六夜待ちでは、昇ってきた逆三日月が阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊に見えるとしています。この三尊は、江戸庶民の間で人気の菩薩でした。

気になったのですが、江戸では二十三夜講は一般的ではなかったのかな?

次に見つけたのは、茨城県にある浄土宗派の常福寺のページ。「二十六夜尊大祭」が陰暦の九月二十六日に行われているそうです。



常福寺の「二十六尊大祭」の起源は室町時代に遡ります。
当時の常陸国の瓜連にある常福寺の了実について出家した聖冏(しょうげい)。額に三日月の傷跡があったので三日月上人とも呼ばれたそうです。その聖冏上人が示寂(じじゃく、菩薩や有徳の僧の死)したのが応永二十七年(1420年)九月二十七日。そこで上人への報恩の大法要を行う祭礼を「二十六夜さん」と称して行ったそうです。

こちらは、その由来もハッキリしているので、盛岡の二十六夜待ちとは関係無いようです。なので、気になるのは江戸の「二十六夜待ち」かな?

星の手帖 『二十六夜現象』2018年03月10日

星の手帖 Vol.25(1984年夏号)に掲載された『二十六夜現象』の内容。

大正末期の初秋、陰暦の7月26日に、「二十六夜尊」という行事があるそうです。「二十六夜尊さん」とか「三体さま」とも呼ばれると。

旧南部藩の居城 不来方(こずかた)城址(現在は岩手公園)に多くの人が集まって、東の空に仏を迎えるならわしがあった。三体とは仏教でいう阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊。この信仰に熱心な二十六夜講まで組織されたそうです(「講」とは集会のこと)。

以下、筆者が目撃した『二十六夜現象』の様子。

   待つこと数十分、突然東の空が白みだした。それから
  数分もたっていなかったろう、山の端に黄色い下弦の月
  が姿を出し、両端を鋭く闇に突き刺すようにぽっかりと
  浮いた。月齢26とはいえ、すでに27日の払暁に近く、三
  日月の半分ぐらいまで細まった月はまるで新月のようで
  もある。山の端にかかった情景はいつもの月の出と変わ
  りない。
   だがその数秒あとのことだ。この黄色い月はスル、ス
  ル、スルッと上空に昇っていって、中天に静止したかと
  思ったら、こんどは3つの光に分かれた。ちょうどバナ
  ナを3等分したような形である。しばらくして、こんど
  はまたそのバナナの真ん中のやや太い部分がさらに上層
  へ昇って停止したかとみるや、まるでるつぼの中で鉛を
  溶かすかのようにゆらゆら揺れて、その光のかたまりは
  仏体に変身した。次いで左の鋭くとがった部分も同じよ
  うに昇天して小さな仏像となり、続いて右のバナナの端
  も同じ位置まで昇って形をかえた。まさに寺院の須弥壇
  にある仏像を中空に見た思いである。金色の仏はいずれ
  も座像で、世にいう三体仏の出現なのだ。

  『二十六夜現象』での挿絵。
  盛岡市図書館にある大正10年代におの市街写真に
  二十六夜の現象のイラストを合成。

著者が古老に聴いたところでは、この現象は10年に一度見られれば良いという珍しいものだったらしいです。そのような珍しい現象を著者が克明に目撃したのは驚きです。今でも見ることができるのでしょうか。

宮沢賢治の『二十六夜』2018年03月09日

昔、某プラネタリウムで『土曜の夜のプラネタリウム』という、プラネタリウム(の会場)を使った天文講座をやっていたある回に、『宮沢賢治と星』みたいなタイトルで解説したことがありました。その内容はもはや忘れてしまいましたが。

講座が終わってお客さんを見送っていたとき、ある女性が声をかけてきました。
 「先生は宮沢賢治研究会の方ですか?」
いやいや、私は会員ではなく、ただの愛好家の一人です。
 「『二十六夜』という作品をご存じですか? 興味深い話なので、よかったら是非」
と勧めていただきました。

早速手持ちの賢治の本を探したのですが見つからず、図書館で調べたら、普及書には収められてなくて、宮沢賢治全集に入っていました。読んでみると、フクロウの世界の、とても仏教的な物語。そして、逆三日月である二十六夜の月の出が三体仏に見えるという話し関係がありました。

二十六夜の月が出る時に地平付近の大気の揺らぎで3つに分かれて見え、それを三体の仏様に見るという地域があると、これまたずいぶん昔にお『星の手帖』誌の記事で読んだ記憶がありました。その記事は奈良地方のものだったように記憶していて、ネットで検索するも見つけられず、記事の内容を確認できずにいました。そこで賢治の『二十六夜』は、その記事が見つかったら確認しようと思っていました。

『星の手帖』は、友人が全号を自炊PDF化してくれていたので、あとは目的の記事が何号に載っているか分れば読めるのですが、自炊につき画像PDFなので検索できずにいました。
それが最近、画像PDFをOCRしてくれるソフトを見つけたので、検索できるようになりました。早速『二十六夜』で検索したら、Vol.25に載っているとのこと。そこで書棚を見ると、処分し損なった在庫に現物がありましたぁ\(^o^)/



読んで私の記憶の勘違いが判明しました。この『二十六夜現象』は、何と岩手県盛岡市での話でした! だから賢治は知っていたのかぁ!

そこで改めて賢治の『二十六夜』を読むべく、図書館から本を借りてきました。


最近流行りの、暖かい雰囲気の本。『宮沢賢治コレクション 4』。何となく読みやすい感じ。
以前借りたのは全集でした。中身は同じなのですが、本のデザインの雰囲気で、こうも読みやすさが変わるものなのか?と驚きでした。


宮沢賢治の『二十六夜』は、およそ次の様な物語。
登場するのはフクロウたち。
夜の松林の中で、フクロウのお坊さんが他のフクロウたちに、信仰について講釈しています。

文中でハッキリ書かれていないのですが、つまりは次のような話。
自分たちが今フクロウという小禽として生まれ生きているのは、ひとえに前世の悪行の縁によるもの。また生きるために他の生き物を殺し食べている。これらの罪を償うためには、他の命のために自らの命を投じる心構えを持ち、そのように行動することだ。

まるで、『銀河鉄道の夜』の中のサソリの物語のようです。『よだかの星』にも通じるものがあります。

『二十六夜』では、お坊さんの話を静かに聴いていた子供のフクロウ・穂吉(ほきち)は、ある日人間の子供らにつかまり、おもちゃ遊びされてしまいます。そして子供らは遊びに飽きると、穂吉の足を折って捨ててしまいます。なんとか林へ戻ってきた穂吉は苦しみながらもお坊さんの話を聴きます。

 「さあ、講釈をはじめよう。みなの衆 座にお戻りなされ。
  今夜は二十六日じゃ、毎月二十六日はみなの衆も存知の通り、二十六夜待ちじゃ。
  月天子(がってんし) 山のはを出でんとして、光を放ちたまうとき、
  疾翔大力(しっしょうたいりき)、爾迦夷(るかい)、波羅夷(はらい)の三尊が、
  東の空に出現します。・・・」

やがて東の山から二十六夜の月が姿を現し、そこに「金いろの立派な人が三人まっすぐ立って」見えます。みんなは「南無疾翔大力(なむしっしょうたいりき)、南無疾翔大力。」と大声で叫びます。その後穂吉は、かすかにわらったまま、息をしなくなりました。


さて、これを契機に、『二十六夜』の月の信仰について調べてみようと思います。

月の画像のHDR処理2018年03月03日

2月28日夜にきれいな月が見えていました。
薄雲がかかっていましたが、時折飛行機雲が月にかかって、きれいな風景に。

しかし光度差がありすぎるので、雲が写る露出で撮影すると、月が白くとんでしまいます。

私はずっと画像ファイルの処理に PaintShop Pro を使っていました。写真処理よりイラストの処理が多かったためで、有名な Photo Shop ではなく、こちらを選んだのでした。値段も要因の一つ、マッキントッシュ風のファイルの扱い方に馴染めなかったというのも要因の一つではありますが。

PaintShop Pro は、バージョンいくつから使っていたのかな? とりあえずは OS が Windows95 辺り以降と思います。ネットで調べると、Ver.6 は 2000年3月、Ver.7 は 2000年9月らしいです。この辺りまではほぼ同じ操作性。

それが 2003年4月に出た Ver.8 では、機能や操作性が Photo Shop に近くなり、機能も写真処理が増えたため、ここで VerUp を中断していました。

それが昨年暮れに出た PaintShop Pro 2018 では最近流行の HDR 処理やパノラマ処理ができるようになり、ソレがセールで安くなってたので、思い切って購入。これまで HDR 処理は英語のフリーソフトでよく分らずにやっていたので、日本語で処理できる環境ができました。

PsintShop Pro 2018 で [HDR合成] 画面を開き、使用するファイルを選択。RAWファイルを利用できるのはありがたい。

月を三脚の載せて、手動で露出を変えて撮影したため、月が少し移動してしまいました。なのでこれをこのまま重ねるとブレてしまいます。

そこで [整列] 処理を行うと、画像のズレを自動補正してくれます。

露出の異なる3枚の画像を重ね、それぞれの画像の強さを調整。機能の名が日本語で出ているので分かりやすいです。

こうして適当な値にして HDR画像を作成。その後でもいろんなパラメータを変更することができます。

今回は、もともと薄雲がかかっていて条件が良くなかったので、こんな感じに。
周辺減光を補正したかったのですが、残念ながらその機能はありませんでした。そこで目立たない範囲にトリミング。

PaintShop Pro 2018 の新しい機能の使い方はまだまだ勉強が必要。マニュアルがあるので、少しずつ覚えていきたいと思います。

青空の中の月2018年02月28日

満月が近くなると、夕空に見える月が気になります。


  上の画像をトリミング

満月の頃は、夕方の帰宅時間に東の方向へ車を走らせると昇ったばかりの赤い月が正面に見え、とても気になります。運転中にも月をチラチラ。

だからでしょうか、最近も満月の頃に交通事故が多いというニュースが飛び交います。いったい満月の何が交通事故の要因になっているのか。公表されるのは事故数と月齢の数字だけの相関関係。

いずれにしろ、空に見える異世界である月は、本当に魅力的です。

ブルームーンはブルーだった!2018年01月05日

今年に入ってから、星空案内人メーリングリストに 【星空案内Tips】 なる記事の投稿を始めました。いろんなテーマについて調べ物をしながらの作文です。なかなか楽しいので、続けられるかな? 「継続は力なり」と言いますが、その筋肉の貧弱な私・・・

1月31日の満月は、ひと月の中の2回目の満月、「ブルームーン」。

「ブルームーン」は元々は、二至二分で区切った3ヶ月間の各季節の中にある4つめの満月のことを指す、という話があったそうですが、Sky & Telescope誌1946年3月号で、勘違いして「ひと月の中の2回目の満月」のことと書いてしまい、1980年1月にその機会があった際にラジオで取り上げられたことで広まってしまった、とのこと。

英語では ”once in a blue moon” という熟語で使われ、”めったにない” ことを差すのだそうです。ところが今使われる「ひと月の中の2回目の満月」という意味だと、月初めに満月のある年だとしょっちゅう現れたりします。

ところが今回いろいろ調べると、この熟語は19世紀初めから使われるようになり、そのきっかけになったのは、火山の大噴火で硫黄が高層大気まで吹き上げられて全世界に広がり、そのため満月が青色や、時には緑色に見られたからだといいます。

この噴火した火山というのは、インドネシアのジャワ島とスマトラ島の間にあるクラカタウ島で、1883年から1884年のことでした。噴火で吹き上がった硫黄を含んだ火山灰は12日で地球を一周し、5年間に渡って世界中の気温を1.2°低下させる 「火山の冬」 を起こしました。


  1883年の噴火のリトグラフ(wikipedia より)

また、en.wikipedia には、1950年と1951年のスエーデンとカナダで起こった山火事の際にも月が青く見え、また1983年のメキシコのエル・チチョン山の噴火や1980年のセント・ヘレンズ山の噴火、1991年のピナツボ火山の噴火の時にも青い月が見られたと書かれています。

ネットには青色に加工した「ブルームーン」の画像が蔓延しているので、wikiにある火山の噴火の際の青い月の画像を見てみたいものです。

『オールナイトニッポンMUSIC』でスーパームーン2017年12月07日

毎朝のラジオ番組 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』 で鈴木杏樹さんの語り口が気持ち良く、とても気に入っていたのですが、夜にフト ラジオを付けたら杏樹さんの声が! 22時から放送の『オールナイトニッポンMUSIC』の水曜日にも出ていたことを知り、毎週タイマー録音して聴くようになりました。

そんな杏樹さんの『オールナイトニッポンMUSIC』、12月6日の放送の語りだしが、まさに『スーパームーン』についてでした。

「あの、ご覧になられましたか、お月さま。
 今週の月曜日は、2017年の最初で最後のスーパームーンだったんですって。いかがでした?
 私ね、月曜日の夜はお月様をちょっと見上げることができなくってですね、
 見られなかったですけれども、昨日、ちょい欠けのビックムーンを見ました。
 あの~、あれ、おっきいと思って。あれ、いつもよりおっきくない、ってちょっと思いながら、
 お月さまとお話しましたよ。」

やっぱ、多くの人は『スーパームーン』と聞くと、普段の満月より、肉眼で見ても大きく感じるほどに見えるって思われてるんですね。そしてその大きな月からは、普段より大きなパワーが出ていると(+_+)
『スーパームーン』といっても、最小の満月と比べて14%大きいということなので、ソレと比べないと気づかないんですけど、ねぇ。

こんな興味深い加工画像を見つけました。
確かに、比べれば肉眼でも違いは分りそう。

鈴木杏樹さんは続けていいます。

「なんと、2018年最初のスーパームーンはですね、1月2日なんですって。もう、すぐですよ。
 だから私、今回は月曜のお月さま、スーパームーン、ジャストで見られなかったので、
 1月2日の夜は、もう絶対に、見上げようと思ってます。」

「あと、あの、こないだお話したっけかな?
 あの、お財布をね、秋の実りの財布をお買い求めになられた方もいらっしゃると思うんですけど、
 そのお財布をですね、空っ空にしてですね、いっかい全部 中 出して、
 お月さまに掲げるとイイらしいですよ。
 それ、舞台でご一緒した俳優さんがおっしゃってました。
 満月のお月さまにお財布を掲げると、なんか金運が上がるのかな、
 なんかイイことがあるっておっしゃってましたよ。
 なので、今週できなかった貴方、1月2日です、次は。」

だからぁ、こういう根拠の無い変な信仰を作り出して広めるのはやめて欲しいなぁ~(+_+) 日本はほとんどの人が高校まで学校に行って、多くの知識を得ているんだから。
といっても、いつの時代も、根拠のある話は信じないで、根拠の無い話を信用する人っているんですよねぇ。