クリスマスと星 その22018年12月01日

【星空案内Tips】クリスマスと星 その2

まだ1ヶ月以上も先なのですが、街ではLEDイルミネーションの点灯が行われ、パーティ用食材の予約が始まるなど、そろそろクリスマスの話が出てきました。クリスマスと星とはいろいろと関係があるので、紹介したいと思います。

3.クリスマスが12月25日に行われるようになるまで

この項は、星とは関係ありません。「4」のための前置き話です。

初期のキリスト教では、キリストの死と復活が大きな関心事だったので、当初、毎週の「主の日」(後に日曜とされる)と、キリストの復活を祝う「復活祭」(イースター)を大切な祝日としていました。
また、使徒や殉教者を記念する祝日は、彼らの命日とされました。
このように、キリスト教ではもともと、誕生日を祝うことは行っていませんでした。それどころか、3世紀初頭の記録では、神の誕生日を祝う異教を批判していました。

しかし、教会の公式としては誕生日を祝うのは批判的でしたが、信仰者はイエスの降誕を祝いたい気持ちは古くからありました。そもそも「マタイ伝」「ルカ伝」にイエスの降誕にまつわる物語が記されていたことも、その現れでしょう。243年に出たある書物では、イエスの誕生日を3月28日としていました。なぜこの日としたかは不明ですが。

そうこうしているうち、4世紀の前半には「キリストの洗礼と誕生」を教会で公式に祝うようになりました。これは「顕現祭」で、1月6日でした。一方、ローマのコンスタンティヌス帝は、当時兵士の間でも信仰されていたミトラ教からキリスト教に改宗させる意図もあって、ミトラ教の太陽崇拝とキリスト崇拝を統合させようと、冬至祭の日であった12月25日をキリストの誕生祭としました。多くの教会から抵抗があったそうですが、386年には12月25日を「すべての祝祭の原点」である「キリストの誕生」を祝う祭が行われました。

4.クリスマスツリーが家庭で飾られるまで

教会では「クリスマスの夕べ(クリスマス・イブ)」に教会でミサを捧げ、また人間の原罪を解説するため、旧約聖書・創世記のアダムとイブの物語を絵画や人形で解説したり、劇で演じられていました。劇では、知恵の木として常緑樹が置かれていました。知恵の実としては、当時入手できた果実としてリンゴが代用されました(リングが知恵の木の実ということではなく)。

アダムとイブの物語や、イエスの誕生の物語を模した人形は家庭にも広まり、イエスの誕生はそれぞれの家庭でも祝われるようになりました。

16世紀のドイツの神学教授マルティン・ルターは、家庭でのクリスマスがより良くなるよう考えながら夜道を歩いていて、枯れ木の前で空を見上げたとき、枯れ木の枝に星々が輝いているのを見、「コレだ!」と思ったといいます。この出来事から、家庭で飾られるクリスマスツリーに、星を模したローソクが飾られるようになりました。

(クリスマスツリーとしてモミの木が使われるようになった経緯については、ネット上のたくさんのページにいろんな説が紹介されていますので、そちらを)

ちなみに、クリスマスツリーに飾られる「オーナメント(飾り、装飾)」のうち、丸い玉は、知恵の木の実を表しています。

5.危なくないクリスマスツリー

この項も、星とは関係ありません。

クリスマスツリーに星飾りとしてローソクが灯されるようになると、当然ながら火事がよく起こるようになりました。

20世紀初めの発明家トーマス・エジソンは電球を発明し、電力会社も興しました。しかし電球はまだまだ高価で、なかなか売れませんでした。そんなエジソンが思いついたのは、火事の多発するクリスマスツリーに、ローソクのかわりに小型電球を飾る、というものでした。エジソンはそのような小型電球を開発して「危なくないクリスマスツリー」として、電飾したクリスマスツリー飾りました。これにより徐々に電球が普及し、こんにちのクリスマスの電飾につながりました。

クリスマスと星 その12018年11月23日

【星空案内Tips】クリスマスと星 その1

まだ1ヶ月以上も先なのですが、街ではLEDイルミネーションの点灯が行われ、パーティ用食材の予約が始まるなど、そろそろクリスマスの話が出てきました。クリスマスと星とはいろいろと関係があるので、紹介したいと思います。

1.「クリスマス」って何の日?、「ベツレヘムの星」

「クリスマス(Christmas)」とは、キリスト教でイエス・キリストの降誕を祝う祭り(以前は、誕生日ともされていた)で、12月25日に行われます。

ただし、キリスト教に先立つユダヤ教では一日の始まりを日没としていたため、今日の時刻制度では前日の12月24日の日没からを「クリスマス・イブ」と呼んで、教会暦上はクリスマスと同じ日時としています。
※「イブ」は「Evening」に由来し、「クリスマスイブ」は「クリスマスの夕べ」と呼んだりしています。決して「前日」という意味ではありません。 ですので、12月23日を「クリスマス・イブ・イブ」と呼ぶのも誤りです(^^;

イエスの誕生については、新約聖書の『マタイによる福音書(マタイ伝)』と『ルカによる福音書(ルカ伝)』に書かれています。もっとも、新約聖書はイエスの昇天から60~80年後に書かれた(まとめられた)と考えられていて、また12使徒が知っているのは自信がイエスと出会ってからのことなので、イエスの誕生にまつわる話は事実であるとは考えられません。つまり『マタイ伝』や『ルカ伝』に書かれている話は、何かしらの意図があってそのようになっていると考えるのが正しいのでしょう(と、クリスチャンの方には言えませんが ^^;)

『マタイ伝』には、次のような物語が書かれています。時系列に改めています。
(1)イスラエルの東の方で占星術師が、ユダヤの王が生まれたことを示す星が
 出現したことに気づき、祝福するためにヘロデ王のいるエルサレムを訪れた。
(2)"東方の三賢人" はヘロデ王に「ユダヤの王として生まれた方」がどこにいるか
 訪ねた。ヘロデ王が学者を集めて問うと、「それはベツレヘムです」と言ったので
 三賢人にそう伝えた。
(3)三賢人の前に「東方で見た星が(現れ)、彼らより先に進んで、幼な子のいる所
 まで行き、その上にとどまった。」 彼らは家に入って、「母マリヤのそばにいる
 幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬などの
 贈り物をささげた。」
(4)ヘロデ王は、自信の地位を脅かすユダヤの王など殺そうと考えていた。
 三博士の夢に天使が現れ、ヘロデ王のところに帰るなと告げられたので、
 他の道を通って国に帰った。
 天使は幼な子の父ヨセフの夢にも現れ、ヘロデ王が殺そうとしているから、
 エジプト(ヨセフの出身地)へ行って、あなたに知らせるまでとどまっているよう
 言ったので、ヨセフはマリアと幼な子を連れてそのようにした。
(5)三博士が戻らないことに気づいたヘロデ王は、ベツレヘムと付近の地方にいる
 2歳以下の男の子を、ことごとく殺した。
(6)やがてヘロデ王が死ぬと、ヨセフのところに天使が現れて言ったので、
 ヨセフは妻子を連れてイスラエルへ行った。

『ルカ伝』にはこれを補足するような、しかしかなり詳しい物語が書かれています。

ここで注目したいのは、東方の三賢人(日本語訳聖書では三博士)が見た”ユダヤの王が生まれたことを示す星”、そして彼らをマリアのところに導いた星とはどんなものだったか、ということです。この星は、彼らをベツレヘムの地に導いたという意味で「ベツレヘムの星」と呼ばれるようになりました。

キリスト教会では長らくこの星は精霊のようなものの程度に考えられていたようですが、17世紀の天文学者ヨハネス・ケプラーが画期的なアイデアを提示しました。

1604年にケプラーは、へびつかい座にこれまで無かった新しい星が出現したのを発見し、観測しました。これは「SN1604(ケプラーの新星)」と呼ばれています。ケプラーは、恒星天は不変だと思っていたので、新星の出現に驚きました。ケプラーは、ちょうどその時に、新星のすぐ近くに木星・土星・火星が集合していたことから、「木星と土星が接近し、そこに火星が入ると、新星が出現する」と考えました。

ケプラーのこの考えも、こんにちの私たちからすると驚きですが、ケプラーはさらにもしかしたら聖書にある「ベツレヘムの星」もこのようなものではなかったかと考え、木星と土星の2星会合の周期と位置を詳しく計算しました。その結果、なんと、紀元前7年にうお座で木星と土星が会合し、そこに火星も入り込むことが分かり、この時に新星が現れ、それが「ベツレヘムの星」ではないかとしました。

ケプラーのこの主張が当時どのように受け取られたかは分かりませんが、「ベツレヘムの星」の正体を星空に求めるというアイデアは画期的なものでした。その後多くの天文学者や天文家が様々な天体や天文現象を「ベツレヘムの星」の候補として提案しています。

大地が丸いことの証拠2018年01月13日

昨年アメリカで、大地が球体ではなく平面であると信じる「地球平面協会」が初めての集会を行ったことや、大地が平面であることを証明するためにロケットを打ち上げようと計画したことなどがネットニュースで報じられて、この時代にまだそのように信じている人たちが少なくない人数いることに驚きました。

これを受ける形で、地球が丸い証拠を報じるネット記事も多く作られました。その中で内容が最も充実しているのは Popular Science の記事を紹介した Gigazine のページでしょう。
  地球は丸いということを確認するための10個の簡単な方法

 

ところでこの中の2番「船と地平線」については、私は疑問を持っています。

 

 

もちろん、この説明が、海の沖からやってくる船が、すぐに全体が見えず、先にマストが見え始め、続いて船本体が見えるようになる、とも喩えられ、よく言われることは知っています。

 

  kidsnet 「どうして地球は丸いのに地面は平らなの

 

私はよく海岸へ行き、沖を進むタンカーなどを目にするのですが、ずいぶん遠くにいるのに、まだタンカーの水上の全体が見えています。このタンカーが水平線の向こうに進んだときに、果たして肉眼で見たときに水上の下から隠れていき、上の部分が残る様子を見ることができるものか、ちょっと信じられないのです。
(ネットには高倍率で撮影したそのような画像があり、それはそれで正しいのですが)

 

  ヨッシンの地学の散歩から

 

そこでこの説明が、いつ、誰が言い始めたのか、少し調べてみました。

 

中世ヨーロッパでは、キリスト教の信仰の影響で、大地は「TO図」と呼ばれるように、大地は円形をした平面だと信じられていました。もっともティコ・ブラーエのような天文学者たちは大地は球体と考えていました。

そんな天文学者の中で、一般向けに ”大地=球体説” を紹介した本は、コペルニクスの『天体の回転について』かもしれないと、まずこれを調べました。そこには次のように書かれていました。

 

 

 第一巻 第2章 大地もまた球形であること

  大地もまた球形であることは、次のことから明白である。なぜならば、どこからであれ

  北斗七星の方 [=北方] へ行く人にとって、日周回転の一方の極 [=北極] は

  次第に高くなり、他方の極は逆に同じだけ沈んでゆき、北斗七星の周囲の多くの星が

  沈まなくなり、南ではいくつかの星がもはや出てこなくなるのが見られるからである。
  だから、エジプトでは出てくるカノープスをイタリアは見ないことになる。

     (略)

  水もまた [地と] 同じ形に寄り添うことは船乗りたちによって認められている。

  というのは、船体からでは認められない陸地がマストの頂きからは概ね認められる

  からである。逆に、もしマストの頂きに何か輝くものが据え付けられるならば、

  陸地から船が離れてゆくと、岸に留まっている人々にはそれが少しずつ下降していく

  ように見え、ついには沈んだように隠されてしまうのである。
    (『完訳 天球回転論』、みすず書房)


 そして訳者によるとこれは、古代ギリシャのプリニウス『博物誌』に依るものとのことでした。

このようにコペルニクスは、海をゆく船の記述はしてますが、現代の話とは内容が多少違います。そこでさらに遡って、プトレマイオスの『アルマゲスト』と、アリストテレスの『天体論』も調べてみました。共に大地が丸いのは、南北や東西へいくと星の見え方が変わると書いてました。またアリストテレスは、大地が丸い証拠は月食の影が丸いから、ともしています。

そこでコペルニクスの記載をさらに詳しく確認するため県立図書館へ出かけて、プリニウスの『博物誌』を確認してみました。

 

 

第二巻 <宇宙・気象・地球>

 71 地球が球形であることによる現象

  その地球が水と同じく球に似ているということは、同じように論証される。

  そしてこのことがわれわれにとって北方地域の星は決して没しないし、

  南方地域の反対の星は決して現れない原因だ。一方反対に、これら北方の

  星は地球の反対側にいる人々には見えない。それは地球の曲面がさえぎって、

  間の地域がわれわれに見えないようにしているからだ。

 

このように、プリニウスの『博物誌』には地域によって見える星空が違うことが陸上と海上とで語られていますが、船の見え方についての記述はありませんでした。

 

さ~て、「沖からやってくる船が、まずマストから見えてくる」というのは、一体誰が言い始めたのだろう?

ブルームーンはブルーだった!2018年01月05日

今年に入ってから、星空案内人メーリングリストに 【星空案内Tips】 なる記事の投稿を始めました。いろんなテーマについて調べ物をしながらの作文です。なかなか楽しいので、続けられるかな? 「継続は力なり」と言いますが、その筋肉の貧弱な私・・・

1月31日の満月は、ひと月の中の2回目の満月、「ブルームーン」。

「ブルームーン」は元々は、二至二分で区切った3ヶ月間の各季節の中にある4つめの満月のことを指す、という話があったそうですが、Sky & Telescope誌1946年3月号で、勘違いして「ひと月の中の2回目の満月」のことと書いてしまい、1980年1月にその機会があった際にラジオで取り上げられたことで広まってしまった、とのこと。

英語では ”once in a blue moon” という熟語で使われ、”めったにない” ことを差すのだそうです。ところが今使われる「ひと月の中の2回目の満月」という意味だと、月初めに満月のある年だとしょっちゅう現れたりします。

ところが今回いろいろ調べると、この熟語は19世紀初めから使われるようになり、そのきっかけになったのは、火山の大噴火で硫黄が高層大気まで吹き上げられて全世界に広がり、そのため満月が青色や、時には緑色に見られたからだといいます。

この噴火した火山というのは、インドネシアのジャワ島とスマトラ島の間にあるクラカタウ島で、1883年から1884年のことでした。噴火で吹き上がった硫黄を含んだ火山灰は12日で地球を一周し、5年間に渡って世界中の気温を1.2°低下させる 「火山の冬」 を起こしました。


  1883年の噴火のリトグラフ(wikipedia より)

また、en.wikipedia には、1950年と1951年のスエーデンとカナダで起こった山火事の際にも月が青く見え、また1983年のメキシコのエル・チチョン山の噴火や1980年のセント・ヘレンズ山の噴火、1991年のピナツボ火山の噴火の時にも青い月が見られたと書かれています。

ネットには青色に加工した「ブルームーン」の画像が蔓延しているので、wikiにある火山の噴火の際の青い月の画像を見てみたいものです。

【星空の文化】 スーパームーン2018年01月03日

昨年、12月4日の満月と、今年1月2日の満月は、「スーパームーン」だとネットニュースなどで書かれています。どうやら最近は、もともとの「スーパームーン」の定義、
  月が軌道中で最接近(90%以内)した新月または満月
から離れて、その年の満月の中で一番大きく見える(地球に近い)ものとして使われるように変わったようです。

「スーパームーン」という用語は、1979年に占星術師の Richard Nolle が使い始めたものが、2011年3月の、月軌道の近点から前後1時間以内の満月(「エクストリーム・スーパームーン」あるいは「エクストラ・スーパームーン」)の時に NASA が使ったことで市民権を得てしまいました。


またこの記事の中で、「一番小さい(遠い)満月より14%大きく、30%明るい」という科学的なコメントもあちこちで使われるようになりました。


今年は火星の大接近もあり、すでに「スーパーマーズ」と書く記事も出てきました。変な用語が、もともとの意味から拡大されて使われるのは困ったものです。

WordPressでホームページを?2017年12月16日

星空案内人資格認定制度では、星空案内人に興味のある人すべてのためのメーリングリストと、実施団体用のメーリングリストを、山形大学のサーバーをかりて開設していました。ところが今年の春にそのサーバーマシンが壊れ、MLも使えなくなってしまいました。
実施団体用MLは使えないといろいろ不便なため予備のMLを代用することにしたのですが、同じMLとはいえ、代用MLは何となく居心地が悪かったです(気分の問題ですが)。

運営機構ではこれを機会に独自のサーバーを立ち上げて、MLを再開することにしました。
サーバーは、有名・安心・安価な、さくらのレンタルサーバーにしました。
さくらのレンタルサーバーを利用して、早速、まずは実施団体用のMLを立ち上げ、次いで一般用のMLも再開されました。

次のステップとしてホームページの引っ越しが考えられています。
現在の制度のHPは、SiteGoogleを使って必要項目をシンプルに掲載している感じです。そこで引っ越しの際にはより良いデザインや内容にしたいなぁと思い、さくらサーバーで利用できる WordPress をいう機能を使ってみました。

WordPress について調べると、数多くのサイトがこれを利用しているそうです。それも、かなり便利に! コレはなかなか興味深い。

そこで制度のHPを WordPress で作ろうと図書館から本を借りて読むのですが、なかなかピンと来ない(+_+; 頭が老化して、新しいことの理解が難しくなかったか?

本を読むと、自分のPCにローカルのサーバー環境を作って、そこに WordPress を入れ、HP作成の準備ができるとのことなので、まずはコレをやってみることに。

本を見ると、XAMMP とか MAMP というソフトをインストールし、そこでローカルサーバー環境を作って、そこに WordPress をインストールするとのこと。



なかなか面倒だなぁ、と思いつつネットで検索してみると、何と今は、とても簡単に WordPress 環境を作れるソフトのあることを知りました。LOCAL FlyWheel というようです。


これをインストールすると、すぐに、単純に WordPress をインストールして、すぐに使えるようになりました。



まずはデフォルトのテーマを使って、操作方法の勉強と練習。

しかし・・・ 
WordPress では、世界中の利用者が作って公開しているテーマがたくさんあるのですが、制度のHPに使えそうなテーマがどうにも見つかりません。何か変だゾ?

で、WordPressのことを知っている人に聞いてみると、どうやら WordPress のテーマのほとんどは日記ブログや写真ブログ用なのだそうです。こりゃ、制度HPの引っ越しは当分先かなぁ~?

星占いをやってみる その12017年09月24日

八戸市児童科学館で開催の『星のソムリエ講座』で、『星空の文化に親しむ』の講師も担当することになりました。(10月7日) すでに講義用スライドも参考資料(新テキスト)もあるので、あとは話す内容の計画を立てるのみ。

そこで今回は、受講生の星占いをやってみようと思いつきました。
これまでの『星空の文化に親しむ』の講義では、占星術はほとんど触れませんでした。ソレよりも語りたい内容があったので。

ところが、八戸の第1回開催の時に、スライドで星占いの箇所をバババっと簡単に話を進めたんですが、後で受講者さんから、星占いの箇所がとても勉強になったとの意見。やはり興味あるんだなぁ~。

そこで今回は、実際にやるかは別として、受講生さんのホロスコープを作って星占いを行うことで、星占いとはどんなものなのかを解説しようかと企画。星占いを希望する受講生さんの誕生日からどれかを選んでやってみることに。

占いの希望があったのは3名。早速Webのホロスコープ作成サービスを使って星読み。

  Aさんの誕生時ホロスコープ

  Bさんの誕生時ホロスコープ

  Cさんの誕生時ホロスコープ

3名ともに誕生の時刻は不明だったので、概要を占うことに。

今のホロスコープでは、冥王星も含んだ日月7惑星になっているけど、そこまで占うつもりは無いので日月5惑星で占うことに。

さてさて、Aさん、Bさん、Cさん、どの星が興味深いかな?(^-^)

『星空の文化に親しむ』の副読本、その後2017年08月30日

星空案内人講座の『星空の文化に親しむ』の指導要領が大きく変り、それに沿ったテキストが求められていると感じてます。
また、この科目を学んだあと、さらにその内容を学ぼうとしても、そのような本が市販されていないことから、そのような本を作りたいな、と思って筆を取っていました。

ところが、その執筆がなかなか進みません。10ページほど書き出しましたが、その後がなかなか進みませんでした。


執筆が進まない理由はいくつも思いつくももも、ではどうやって筆を進めるかが思いつきません。一番の理由は、書いていて自分自身が楽しめなくなったことでしょう。その理由は?

先日、ファミレスにノートPCを持ち込んで執筆しようとしたところ、うっかり文書ファイルを持ってくるのを忘れてしまいました。しょうがないので、思い出しながら別の箇所を書こうとしたところ・・・

そっか。最初に大風呂敷を広げてしまっていたのか! 自分が書きたいことを書くのではなく、「こんな内容があったらイイかな」と、勝手に責務を感じながら書いていたので、やる気が失せたのでした。

それに気づいたので、本の全体構成をイメージしながら、自分自身も楽しみながら書くことにしました。すると、驚くことにスイスイと筆が進みます。


書こうとする文章の全体構成がイメージできたので、あとはそれに沿って、自分自身も楽しみながらの執筆。なかなか楽しそう。”作る” ってことは、こうじゃなくちゃ!

八戸児童科学館で星見2017年06月17日

今日は、八戸市児童科学館で「星のソムリエ講座」3回目、「望遠鏡のしくみ」。
ところが、日中からとてもイイ天気。こんな天気に、屋内で学習だけなんてもったいない!
ということで、講義は休憩なしでやって、残った時間プラスアルファで、屋上や天体観測室で天体観望会(^o^)


天体観測室入り口の横から屋上へ。
急いで用意した反射望遠鏡で土星を見、2等星までしか見えない明るい空ながら、北斗七星や北極星を見たり、春の大曲線、春の大三角、木星などを確認したり。


職員の方(天体写真家)が、参加者のスマホで土星の撮影を試みますが、1インチアイピースだと、コリメート撮影はなかなか難しい(汗)


天体観測室に鎮座する、望遠鏡博物館行き相当のニコンの15cm屈折望遠鏡で、木星を観察や、スマホで撮影。こちらも1インチアイピーなので、なかなかたいへんです。


それにしても、八戸での「星のソムリエ講座」の夜に晴れたのは、本当に珍しい。やっぱ、講座の最中に観望会ができて本当に良かったです v(^-^)

八戸市での観望会 最終日2017年05月05日

今日も晴天に恵まれました。
今日は、八戸市での天体観望会に開始時刻の16時半から参加できました。しかし到着すると、観望会はすでに始まっていました (^o^)


まずは、まだ明るいので月を見ていました。


  スマホで月を撮影する子

  双眼鏡では、近くの交差点の信号機を見てました

  オレンジのジャケットの人たちは、星空案内人@八戸の皆さん

  暗くなると、いろいろな天体を望遠鏡で

  スマホで月の撮影に挑戦

  街灯りのため肉眼では2等星までしか見えませんが、冬の1等星はまだ見えてました


  ある程度 天体を見終わると、あちこちで星空談義

何人もの方から、次はいつやるのか聞かれました。残念ながら、こうして集まって開催できるのは、毎年のGWぐらい。ホントはちょくちょくやれればイイのですが。そこで、八戸市児童科学館で毎月第2土曜に観望会をやっていること、岩手県のひろのまきばの天文台では毎週金・土・日に開館して観望できることなどを紹介しました。あと、青森市駅前公園で時々ゲリラ観望会が開催されることも(^-^)

今年の観望会は、初日3日の様子がTV局で取材されて4日昼前に放送され、それを見て来たという方も多くいました。新聞にも開催を掲載したそうですが、いろんな行事のお知らせの中の一つであるより、TVで取り上げられることの影響は大きいです。もっとも、今回が3日間晴天に恵まれて、連日開催することができたことも良かったです。

こういう街角観望会では、参加される一般の方々も楽しいでしょうが、こちらとしても、星のいろんな楽しみを話して喜んでもらえることがとても楽しいものです。

こういうイベントには可能な限りでかけてお手伝いしたいものですし、私も地元で何かかしらやってみたいと思っています。