二十六夜待ち2018年03月16日

星の手帖の『二十六夜現象』関連でネットを調べると、岩手県以外にも二十六夜尊を祀る地域がありました。

「江戸散策」 第42回 月見いろいろ、十五夜、十三夜、二十六夜待ち


このページでは、陰暦八月の十五夜、九月の十三夜、そして陰暦七月の二十六夜待ちが紹介されています。二十六夜待ちでは、昇ってきた逆三日月が阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊に見えるとしています。この三尊は、江戸庶民の間で人気の菩薩でした。

気になったのですが、江戸では二十三夜講は一般的ではなかったのかな?

次に見つけたのは、茨城県にある浄土宗派の常福寺のページ。「二十六夜尊大祭」が陰暦の九月二十六日に行われているそうです。



常福寺の「二十六尊大祭」の起源は室町時代に遡ります。
当時の常陸国の瓜連にある常福寺の了実について出家した聖冏(しょうげい)。額に三日月の傷跡があったので三日月上人とも呼ばれたそうです。その聖冏上人が示寂(じじゃく、菩薩や有徳の僧の死)したのが応永二十七年(1420年)九月二十七日。そこで上人への報恩の大法要を行う祭礼を「二十六夜さん」と称して行ったそうです。

こちらは、その由来もハッキリしているので、盛岡の二十六夜待ちとは関係無いようです。なので、気になるのは江戸の「二十六夜待ち」かな?

コメント

_ 塚田 ― 2018年10月24日 13時39分19秒

私が住んでいる相模原市の田名地区にも二十六夜塔がいくつか確認されています。平塚市博物館の「星まつりを調べる会」でいくつか調査しました。

_ KODA ― 2018年10月24日 20時56分44秒

塚田さん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

へぇ~、相模原市に二十六夜塔がいくつも! 昔に講が行われたのでしょうか。興味深いです。

「二十六夜講」でググってみましたが、ヒットしたのは、埼玉県南部と、山形県西川町ぐらい。相模原市の塔は、あまり知られていないようですね。ぜひ調査を皆さんにお知らせ頂ければと思います。

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