元ちとせ 『カッシーニ』、改めて2018年03月01日

お風呂に入っているときに、全く理由も無く、元ちとせの『カッシーニ』のことを思い出しました。
元ちとせと『カッシーニ』については、2016年2月12日の日記にも書いていました。

今回改めて、どうして「カッシーニ」だったのかネットで調べてみました。すると、これまで知らなかったいろいろなことを知ることが出来ました。

まず、曲『カッシーニ』を作詞・作曲したのは、元ちとせさんを『ワダツミの木』のメジャーデビューからプロデュースした 上田現(うえだげん)さん。2006年10月に肺癌と診断され、アルバム『カッシーニ』が発売された2008年の10月に死去。死の直前に家族に遺した言葉が
 「僕はシリウスになって家族を見守っている」
と。

今回いろいろ調べると、上田さんは星が本当に好きな方で、自信がグループ「レピッシュ(LÄ-PPISCH)のメンバーだったころにも『宇宙ステーション』『宇宙犬ライカ』や、また代表曲であるらしい『夜想曲 〜路地裏から宇宙まで〜』などを作詞作曲しては歌っていました。曲調はハードロック風なので、私の好みではないのですが、上田さんの歌詞は気になります。

そんな上田さんが元ちとせさんに作った曲は、
 『ワダツミの木』、『ハイヌミカゼ』、『トライアングル』、『千の夜と千の昼』、
 『月齢17.4』、『月を盗む』、『羊のドリー』、『恐竜の描き方』、『祈り』、『カッシーニ』
など。元ちとせさんのアルバムの中で私が特に好きな、あるいは気になる曲ばかりでした。

そんな上田さんと元ちとせさんについては、Musicshelfサイトにインタビュー記事がありました。


このインタビューの中で元さんは上田さんの星好きについて次のように語っています。
  現ちゃんってホントに宇宙のことが好きで、常に星のことを考えていました。でも現
  ちゃんが話すと、それが遠い遠い場所の話に聞こえないんですよ。

本当に本当に星のことが好きだった方だったんですね。

そんな上田さんが書かれた歌詞なので、『カッシーニ』の歌詞だけを読んで分析しても、その本意は分らないのかもしれません。

ただ、今回分ったのは、この『カッシーニ』とは天文学者ではなく、土星探査機のことだった、ということ。土星の周りをグルグルと回って、その愛おしい土星や、周りを巡る衛星たちを撮影し続け、そして昨年暮れに愛しの土星本体の懐の中に入っていった、探査機”カッシーニ”。
この探査機のことを思いながら、改めて『カッシーニ』の歌詞を読むと、いろんな思いがこみ上げてきます。

月の画像のHDR処理2018年03月03日

2月28日夜にきれいな月が見えていました。
薄雲がかかっていましたが、時折飛行機雲が月にかかって、きれいな風景に。

しかし光度差がありすぎるので、雲が写る露出で撮影すると、月が白くとんでしまいます。

私はずっと画像ファイルの処理に PaintShop Pro を使っていました。写真処理よりイラストの処理が多かったためで、有名な Photo Shop ではなく、こちらを選んだのでした。値段も要因の一つ、マッキントッシュ風のファイルの扱い方に馴染めなかったというのも要因の一つではありますが。

PaintShop Pro は、バージョンいくつから使っていたのかな? とりあえずは OS が Windows95 辺り以降と思います。ネットで調べると、Ver.6 は 2000年3月、Ver.7 は 2000年9月らしいです。この辺りまではほぼ同じ操作性。

それが 2003年4月に出た Ver.8 では、機能や操作性が Photo Shop に近くなり、機能も写真処理が増えたため、ここで VerUp を中断していました。

それが昨年暮れに出た PaintShop Pro 2018 では最近流行の HDR 処理やパノラマ処理ができるようになり、ソレがセールで安くなってたので、思い切って購入。これまで HDR 処理は英語のフリーソフトでよく分らずにやっていたので、日本語で処理できる環境ができました。

PsintShop Pro 2018 で [HDR合成] 画面を開き、使用するファイルを選択。RAWファイルを利用できるのはありがたい。

月を三脚の載せて、手動で露出を変えて撮影したため、月が少し移動してしまいました。なのでこれをこのまま重ねるとブレてしまいます。

そこで [整列] 処理を行うと、画像のズレを自動補正してくれます。

露出の異なる3枚の画像を重ね、それぞれの画像の強さを調整。機能の名が日本語で出ているので分かりやすいです。

こうして適当な値にして HDR画像を作成。その後でもいろんなパラメータを変更することができます。

今回は、もともと薄雲がかかっていて条件が良くなかったので、こんな感じに。
周辺減光を補正したかったのですが、残念ながらその機能はありませんでした。そこで目立たない範囲にトリミング。

PaintShop Pro 2018 の新しい機能の使い方はまだまだ勉強が必要。マニュアルがあるので、少しずつ覚えていきたいと思います。

シリウス・ミステリー2018年03月04日

NHK BSで放送されている『コズミックフロント NEXT』の2018年2月8日の放送が「天狼星 シリウスのミステリー」というタイトルでした。内容は、いわゆる「シリウス・ミステリー」の概要と、最新天文学での検証。久しぶりに目にしたので、改めてミステリーの内容を確認し、また番組で紹介した最新天文学での検証内容を自分でも確認してみました。


★ミステリーその1 シリウスの固有運動のふらつき

1844年、ドイツの天文学者ウィリアム・ベッセルは、シリウスの固有運動にふらつきがあることを発見しました。そこでシリウスには未発見の伴星があると考えられました。


1860年、アメリカの望遠鏡制作者アルヴァン・グラハム・クラークは父と共に、当時アメリカ最大の直径47cmの反射鏡を作り、これを使った望遠鏡でさまざまな1等星に向けて像を確認していたところ、1864年に望遠鏡を向けたシリウスだけすぐそばに小さな光点が見えることに気付きました。クラークは望遠鏡を何度も確認し、これはシリウスの未発見の伴星であると結論付けました。
この星はシリウスBと呼ばれるようになりました。

シリウスBを観測し、シリウスの運動のふらつきから想定される質量の星にしては暗いことが謎となりましたが、1915年にシリウスBのスペクトルがようやく観測されて、1万度近い高温の天体であるにもかかわらず表面積の小さい天体であることが分かり、これが白色矮星であることが判明しました。

  The Sirius System から。共通重心を回るシリウスAとシリウスB。

  The Orbit of Sirius A and B から。シリウスAを中心としたシリウスBの位置。

このことからシリウスは、太陽質量の5倍ほどのシリウスBと連星を成していたが、約1億2000万年ほど前にシリウスBが寿命を迎えて赤色巨星となり、やがて白色矮星となったと、恒星進化論から考えられます。


★ミステリーその2 アフリカ ドゴン族の先祖はシリウス星人?

1931年、フランスの人類学者マイセル・グリオールらはアフリカの西部、マリ共和国に住む原住民族であるドゴン族を研究するため現地に赴きました。ドゴン族はこれまで文明社会とほとんど接触することがなく、古い伝統的な生活を営んでいたためでした。


グリオールらはドゴン族と一緒に生活をして信用を得、15年後の1946年に長老から、一族に伝わる伝承を聞き出すことに成功しました。その内容は以下。
  宇宙を創られた神アンマは、全ての星の中で最初に”ポ・トロ”を造り、そのそばに
  最も明るい”シギトロ”を造った。ポ・トロは重要な星で、人の眼では見えない。
  ポ・トロの周回軌道は楕円で、母なる星はその焦点の一方に位置する。
  シギトロの周りをポ・トロより4倍軽く軌道も大きいエンメ・ヤが回っている。
  エニャ・メの周りをニャン・トロが回っている。ニャン・トロにはノンモが住んでいる。
  ノンモは地球を訪れ、ドゴン族やほかの人類に文明を与えた。

長老はシリウスを指して、あれがシギトロだと言ったといいます。このことから、シギトロ=シリウス、ポ・トロ=シリウスBということになるといいます。


またドゴン族の天文知識はそれだけではありませんでした。
木星には4つの衛星が、土星には環があることを知っていたということです。

  ドゴン族が描いた木星と4つの衛星(左)、土星の環(右)

このような知識はノンモから与えられたということです。
  遠い昔に神アンマはノンモを造り、ノンモに似せて人間を造った。
  ノンモは人間の祖先と共に方舟に乗って空から大地に降りてきた。

つまり、空飛ぶ円盤のようなものでシリウス星系のニャン・トロからやってきたノンモが連れてきた人間がドゴン族の祖先だと。そしてノンモは半魚人のような姿をしているが、人間のような姿にもなれるといいます。

  ドゴン族が描いたノンモ( Dogon より)

この伝承については、シリウス星系については最新天文学と同じ内容を示しながらも、木星の衛星を4つしか知らなかったり、土星には環があるといった、天文知識としては一般的な情報になっている偏りがあります。

シリウスBについては、1927年にイギリスの物理学者エディントンが著した『物質界の性質』に分かりやすく解説してあり、その時代の大きな話題であったことでしょう。
またドゴン族の住むマリは1920年からフランスの植民地でした。
このことから、グリオールの前にこれらの断片的な天文知識を持ったフランス人と接触があり、彼等に聴いた話を自らの伝承とした、民俗学で言うところの ”文化の再解釈” が行われた結果ではないか、というのが研究者の見解です。

この見解では、長老が描いたとされるシギトロとポ・トロの軌道が、共通重心を回るものではなく、地球から見たときの傾いた楕円軌道に一致していることも説明がつきます。

ところで先祖が半魚人だったという話は、メソポタミアのシュメール人も同じで、”オアンネス”という半人半魚が毎朝海から現れて、シュメール人たちに高度な知識を与えたと言われています。

  シュメール人の神官の姿。オアンネスを真似て魚の皮を被っている。
  ( Dogon より)

これは、やはり大昔に半人半魚に見える宇宙人がやってきたのか?
それとも、これも ”文化の再解釈” でコピられたものなのでしょうか?


★ミステリーその3 シリウスは昔は赤かった?

紀元2世紀の古代ローマの学者プトレマイオスは著書アルマゲストの中にシリウスを、ベテルギウス、アンタレス、アルデバラン、アルクトゥルスと共に「犬の星と呼ばれ 赤い」と書いています。

また、紀元前後の古代ローマの哲学者・詩人のセネカも、シリウスは火星よりも赤いと記しているといいます。

確かにシリウスは、伴星シリウスBが赤色巨星となって赤く見えていた時期がありますが、それは恒星進化論では1億2000万年前とされています。この理論が誤りで、恒星の進化が数千年で起こることは、まずありません。そこで様々な説が出されました。


地球とシリウスの間を小さな星間ガスが通過して一時期赤く見えたとの説がありますが、最新の観測でもシリウスの近くに星間ガスは見つかっていません。
シリウスの周りを回る赤いシリウスCがあって、それが楕円軌道でシリウスに接近した時にその赤いガスがシリウス本星に降り注いだとの説もありますが、これも最新の観測から、シリウスCは見つかっていません。

ところが、1996年に日本の櫻井幸夫さんがいて座に発見した「進みの遅い新星の可能性のある天体 possible "'slow' nova」を発見したことで状況は一変します。
この「桜井天体」と呼ばれるようになった現象は、白色矮星になったばかりの天体が「最後のヘリウムフラッシュ」を起こして、一時的に赤色巨星となって輝いたものでした。

  桜井天体の想像図(SciTechDaily 2014/4/3 より)

  赤色巨星 再燃(Astronomy 2005/4 より)

  星の変化にはとても長い時間が必要だ、というのが天文学での常識でした。
  わずか数ヶ月で星の色が変わるのを見て、本当に驚きました。
    イギリスの天文学者 ドン・ポラコ教授の言葉

  当時、人間の時間スケールで星が変化すると考える人はごく僅かでした・・・
  でも「桜井天体」がその流れを変えてくれました。
  星は思っていたより速く変化することがあり得るのです。
    ドイツの物理学者 ウォルフハード・シュロッサー教授の言葉
                              (コズミックフトントNEXTより)

赤いシリウスが「最後のヘリウムフラッシュ」であったとはまだ断定されておらず、天文学者はハッブル宇宙望遠鏡の後継として打ち上げられるウェッブ宇宙望遠鏡を使ってシリウスCを探そうとしています。シリウスのミステリーを巡る研究は、まだまだ熱いです。

短編映画『月世界旅行』2018年03月07日

TSUTAYAオンラインの30日お試しを申し込んで、無料の内にめぼしい作品を視聴。無料なのは旧作ばかりなので見たい作品は特に無かったのですが、何と、『月世界旅行』がありました!



ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』を原作に、これを大幅に簡略化し、変更を加えた短編映画。1902年の制作! これには白黒版とカラー(彩色)版があり、世界中に広まった。カラー版は紛失したものの、1993年にスペインで発見。劣化が激しく復元は困難を極めたが、最新技術を駆使し、緻密な作業で甦り、2011年にカンヌ映画祭で上映されたそうです(映画の冒頭、および wikipedia より)

映画を観てから知ったのですが、この映画は著作権が切れているので、wikipedia でも観ることができました(^o^) 
YouTubeでは、白黒版に日本語字幕付きを観ることができます!

  ホールに集まるのは大勢の天文学者たちと学会の偉い人たち。
  会長が月世界旅行の計画を提案する。

  街の屋根の上でおごそかに準備が進み、待ちかまえる大砲。
  学者たちは拍手で迎えられ、船に乗り込む。

  人々は船の発射を今か今かと期待して待つ。
  発射の合図で火がつけられ、弾は宇宙へ飛び出す。

  どんどん遠くに月が見えて、大きくなっていく。
  そして月の瞳にキスをする。
  
  船は月面に激突。
  一行は初めての月の景色に目を奪われる。

いやぁ~、まさかこの名作を通しで観ることが出来るとは思いませんでした!

宮沢賢治の『二十六夜』2018年03月09日

昔、某プラネタリウムで『土曜の夜のプラネタリウム』という、プラネタリウム(の会場)を使った天文講座をやっていたある回に、『宮沢賢治と星』みたいなタイトルで解説したことがありました。その内容はもはや忘れてしまいましたが。

講座が終わってお客さんを見送っていたとき、ある女性が声をかけてきました。
 「先生は宮沢賢治研究会の方ですか?」
いやいや、私は会員ではなく、ただの愛好家の一人です。
 「『二十六夜』という作品をご存じですか? 興味深い話なので、よかったら是非」
と勧めていただきました。

早速手持ちの賢治の本を探したのですが見つからず、図書館で調べたら、普及書には収められてなくて、宮沢賢治全集に入っていました。読んでみると、フクロウの世界の、とても仏教的な物語。そして、逆三日月である二十六夜の月の出が三体仏に見えるという話し関係がありました。

二十六夜の月が出る時に地平付近の大気の揺らぎで3つに分かれて見え、それを三体の仏様に見るという地域があると、これまたずいぶん昔にお『星の手帖』誌の記事で読んだ記憶がありました。その記事は奈良地方のものだったように記憶していて、ネットで検索するも見つけられず、記事の内容を確認できずにいました。そこで賢治の『二十六夜』は、その記事が見つかったら確認しようと思っていました。

『星の手帖』は、友人が全号を自炊PDF化してくれていたので、あとは目的の記事が何号に載っているか分れば読めるのですが、自炊につき画像PDFなので検索できずにいました。
それが最近、画像PDFをOCRしてくれるソフトを見つけたので、検索できるようになりました。早速『二十六夜』で検索したら、Vol.25に載っているとのこと。そこで書棚を見ると、処分し損なった在庫に現物がありましたぁ\(^o^)/



読んで私の記憶の勘違いが判明しました。この『二十六夜現象』は、何と岩手県盛岡市での話でした! だから賢治は知っていたのかぁ!

そこで改めて賢治の『二十六夜』を読むべく、図書館から本を借りてきました。


最近流行りの、暖かい雰囲気の本。『宮沢賢治コレクション 4』。何となく読みやすい感じ。
以前借りたのは全集でした。中身は同じなのですが、本のデザインの雰囲気で、こうも読みやすさが変わるものなのか?と驚きでした。


宮沢賢治の『二十六夜』は、およそ次の様な物語。
登場するのはフクロウたち。
夜の松林の中で、フクロウのお坊さんが他のフクロウたちに、信仰について講釈しています。

文中でハッキリ書かれていないのですが、つまりは次のような話。
自分たちが今フクロウという小禽として生まれ生きているのは、ひとえに前世の悪行の縁によるもの。また生きるために他の生き物を殺し食べている。これらの罪を償うためには、他の命のために自らの命を投じる心構えを持ち、そのように行動することだ。

まるで、『銀河鉄道の夜』の中のサソリの物語のようです。『よだかの星』にも通じるものがあります。

『二十六夜』では、お坊さんの話を静かに聴いていた子供のフクロウ・穂吉(ほきち)は、ある日人間の子供らにつかまり、おもちゃ遊びされてしまいます。そして子供らは遊びに飽きると、穂吉の足を折って捨ててしまいます。なんとか林へ戻ってきた穂吉は苦しみながらもお坊さんの話を聴きます。

 「さあ、講釈をはじめよう。みなの衆 座にお戻りなされ。
  今夜は二十六日じゃ、毎月二十六日はみなの衆も存知の通り、二十六夜待ちじゃ。
  月天子(がってんし) 山のはを出でんとして、光を放ちたまうとき、
  疾翔大力(しっしょうたいりき)、爾迦夷(るかい)、波羅夷(はらい)の三尊が、
  東の空に出現します。・・・」

やがて東の山から二十六夜の月が姿を現し、そこに「金いろの立派な人が三人まっすぐ立って」見えます。みんなは「南無疾翔大力(なむしっしょうたいりき)、南無疾翔大力。」と大声で叫びます。その後穂吉は、かすかにわらったまま、息をしなくなりました。


さて、これを契機に、『二十六夜』の月の信仰について調べてみようと思います。

星の手帖 『二十六夜現象』2018年03月10日

星の手帖 Vol.25(1984年夏号)に掲載された『二十六夜現象』の内容。

大正末期の初秋、陰暦の7月26日に、「二十六夜尊」という行事があるそうです。「二十六夜尊さん」とか「三体さま」とも呼ばれると。

旧南部藩の居城 不来方(こずかた)城址(現在は岩手公園)に多くの人が集まって、東の空に仏を迎えるならわしがあった。三体とは仏教でいう阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊。この信仰に熱心な二十六夜講まで組織されたそうです(「講」とは集会のこと)。

以下、筆者が目撃した『二十六夜現象』の様子。

   待つこと数十分、突然東の空が白みだした。それから
  数分もたっていなかったろう、山の端に黄色い下弦の月
  が姿を出し、両端を鋭く闇に突き刺すようにぽっかりと
  浮いた。月齢26とはいえ、すでに27日の払暁に近く、三
  日月の半分ぐらいまで細まった月はまるで新月のようで
  もある。山の端にかかった情景はいつもの月の出と変わ
  りない。
   だがその数秒あとのことだ。この黄色い月はスル、ス
  ル、スルッと上空に昇っていって、中天に静止したかと
  思ったら、こんどは3つの光に分かれた。ちょうどバナ
  ナを3等分したような形である。しばらくして、こんど
  はまたそのバナナの真ん中のやや太い部分がさらに上層
  へ昇って停止したかとみるや、まるでるつぼの中で鉛を
  溶かすかのようにゆらゆら揺れて、その光のかたまりは
  仏体に変身した。次いで左の鋭くとがった部分も同じよ
  うに昇天して小さな仏像となり、続いて右のバナナの端
  も同じ位置まで昇って形をかえた。まさに寺院の須弥壇
  にある仏像を中空に見た思いである。金色の仏はいずれ
  も座像で、世にいう三体仏の出現なのだ。

  『二十六夜現象』での挿絵。
  盛岡市図書館にある大正10年代におの市街写真に
  二十六夜の現象のイラストを合成。

著者が古老に聴いたところでは、この現象は10年に一度見られれば良いという珍しいものだったらしいです。そのような珍しい現象を著者が克明に目撃したのは驚きです。今でも見ることができるのでしょうか。

ミラーボール衛星 ヒューマニティスター2018年03月12日

2018年1月21日に新しいミラーボール衛星、Humanity Star が打ち上げられました。
直径1mほどのディスコにあるようなミラーボール。重さも8kgという軽さ。


これは Public Awareness of Sacience(PAwS、公衆科学知識活動?)の一環として、「明るいシンボルであり、宇宙の中で地球上の全てが壊れやすい場所であることを思い出させるもの」として打ち上げられたそうです。

何の装置も無いただのミラーボールなので、軌道傾斜角 82.9°の範囲で、太陽光を不規則にキラキラと反射させて見えるだけのように想像できました。

企画の意図は分りますが、天文学者や天体写真愛好家にとっては迷惑千万な物体。en.wikipedia によると、通常は7等くらいの明るさで、太陽光を反射すると1等ほどの明るさになるといいます。
一般の人工衛星は光筋として写るので衛星と判断できますが、ミラーボール衛星の場合、光るのは一瞬だけなので、恒星像のようになり、画像を見た場合、これが天体なのか衛星なのか判断に悩むことになります。
ハッキリ言って、とんでもない迷惑な衛星です。

この衛星が日本でも日没後に見える時期になったので、撮影を試みました。Heavens Above サイトには Hymanity Star の予報のページが用意されていました。予報では6.1等とのことなので、ISO感度を上げて4秒露出の連写。

撮影中に、予報コースを時折不規則な明滅が見えました。ミラーボールだ! 明るさは2等ほど。

恒星追尾で撮影した画像を「明合成」で重ねても、どれが衛星か分りません。

  Humanity Star が通過する時間帯を 4秒露出で8枚重ね

これに1枚、わざと位置をズラした画像を重ねると、ダブらない光点がいくつか見つかります。

  上の画像に1枚、わざとズラして重ねたもの
  
  Humanity Star を丸で囲んで、コースを線引きしたもの

今回撮影&観察したことで、この迷惑衛星がどのように見え、また写るのか分りました。
とにかく迷惑な衛星です。

夕空のHDR撮影2018年03月14日

今の時期、日没後の西空に金星と水星が見えています。

これまでは夕空の星を写すと、地上が真っ暗になってしまいました。

しかし実際に撮影している時は、目には地上の風景も見えています。そんな風景を撮ることができればイイなと、長いこと思っていたものでした。
それが今、デジカメで露出を変えて写した画像を重ね合わせて「HDR、Hight Dynamic Range」画像を作ることができるようになりました。うれしい技術です。

HDR画像を作成してくれるソフトはフリーソフトにもありましたが、英語なので操作方法がイマイチ分りません。そこに、長年使っていた画像処理ソフト Paint Shop Pro のHDR作成機能を搭載した 2018年バージョンが安く出ていたので購入。おかげで日本語環境でHDR画像を作れるようになりました。

上の画像も、1/4秒、1秒、4秒の3段階で撮影し、HDR作成処理にかけます。


簡単設定で、すぐにHDR画像が作られます。あとは自分の好みに応じて、明画像、中間画像、暗画像の度合いを調整。


実際の見た目に近い画像が作れました。もっとカラフルな画像にも加工できるようです。私はとりあえずは、見た目に近い画像の再現をまず勉強したいです。

風が強く塵の舞い上がった日、日没近い太陽が、まるで温泉卵の黄身のようなきれいな色になっていました。急いでカメラを持ち出したのですが、アララ、地平線近くの雲に半分隠れてしまった。これもHDR処理して、こんな画像にできました。


これに気をよくして、いろんな画像を撮っては処理してみたいものです。

二十六夜待ち2018年03月16日

星の手帖の『二十六夜現象』関連でネットを調べると、岩手県以外にも二十六夜尊を祀る地域がありました。

「江戸散策」 第42回 月見いろいろ、十五夜、十三夜、二十六夜待ち


このページでは、陰暦八月の十五夜、九月の十三夜、そして陰暦七月の二十六夜待ちが紹介されています。二十六夜待ちでは、昇ってきた逆三日月が阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊に見えるとしています。この三尊は、江戸庶民の間で人気の菩薩でした。

気になったのですが、江戸では二十三夜講は一般的ではなかったのかな?

次に見つけたのは、茨城県にある浄土宗派の常福寺のページ。「二十六夜尊大祭」が陰暦の九月二十六日に行われているそうです。



常福寺の「二十六尊大祭」の起源は室町時代に遡ります。
当時の常陸国の瓜連にある常福寺の了実について出家した聖冏(しょうげい)。額に三日月の傷跡があったので三日月上人とも呼ばれたそうです。その聖冏上人が示寂(じじゃく、菩薩や有徳の僧の死)したのが応永二十七年(1420年)九月二十七日。そこで上人への報恩の大法要を行う祭礼を「二十六夜さん」と称して行ったそうです。

こちらは、その由来もハッキリしているので、盛岡の二十六夜待ちとは関係無いようです。なので、気になるのは江戸の「二十六夜待ち」かな?

明け方の惑星たち2018年03月17日

今の時期、日没後の西空に金星と水星が、明け方の空に木星・土星・火星が見えています。しかしシンデレラ生活の私には、夜半後の星見はできず。今日は仕事が休みで、明け方はほぼ快晴の予報とのことなので、昨夜早くに寝て、3時に目覚ましを設定。
しかし床に入ってもなかなか眠りに入れず、目覚ましが鳴って気付いたものの、目が開けられず。でも何とか4時過ぎに起きることができました。

空を見ると、予報の通りのほぼ快晴。
急いでカメラを用意して、家の前の空き地で、久しぶりの夏の星座と惑星たちにご面会~!

  木星とさそり座 f=50mm、ISO-1600、4秒

  さそり座~いて座と、木星、火星、土星 f=28mm、ISO-1600、4秒



しかしムリして早起きしたので、その後また眠くなり、その後起きても眠りが取れず・・・
やっぱ、朝はダメみたい(+_+;